がんばれ、……わたし!

 三日前の火曜日(夕方)


 マンション近くまでいつものように美咲と帰って来て別れました。今日はハルの話題なし。告白はまだしてないな。と思っていたらマンションのエントランスにハルを発見。そして目の前の公園を指さしている。

 公園に入るとハルはこう言い出す。

「今日、告白された」

「……」

美咲ではないはず。

「あれ? 反応ないね」

ハルが私の顔を覗き込んでそう言う。

「どう反応すればいい?」

「いやいい」

そう言ってハルは顔を逸らす。

「誰から言われたの?」

質問しました。

「菜々から」

おっと、想定外だった。菜々も小学校からの友達。だけどそんな素振りなかったような気がする。菜々は私といい勝負くらい成長が遅い。十五歳になると言うのに小学生だと言って通りそうな感じ。恭子や美咲が出てきたら勝ち目ないだろな。ん? まだ出てくる前だろうからひょっとしたら。そう思ってもう一度質問。

「で、どうしたの?」

「返事してない」

「なんで?」

また質問してしまった。

「今返事しなくていいって言われたから」

「ふ~ん」

そうなんだ。で、どうしたらいいか私に相談? なんて思っていたら、

「ま、今度会った時返事するけどな」

と言って、ハルは帰って行っちゃいました。ちょっとちょっと、返事するはいいけどどっちなの? と、肝心な質問が出来ませんでした。



 二日前の水曜日(朝と夕方)


 登校中、並んで歩く美咲に報告。

「昨日、菜々がハルに告ったみたい」

「うそ、菜々が?」

「うん、ハルから聞いた」

「そっか、それで?」

一瞬大きく驚いた美咲だったけど、すぐに普通の調子に戻る。相手が菜々なので安心したかな?

「すぐ返事しなくていいって言われたから返事してないって」

「そうなんだ」

しばらく無言で歩く。でも学校が見えてくると美咲が口を開いた。

「なんて返事するか聞いた?」

「ううん、聞けなかった」

美咲が私の方を見る。そしてこう聞いてくる。

「なんで?」

「聞く前にあいつ行っちゃったから」

「ああなんだ、そう言う事か」

「……」

「聞いといて欲しかったな」


 昨日と同じ展開。マンション前でハルに待ち伏せされて公園に。菜々に返事した報告かな? どっちなんだろ?

「今日、また告白された」

何なんだ一体。思わずこう言ってしまう。

「何? モテ自慢したいの?」

意外そうな顔でこっちを見るハル。私は続けて言う。

「なーに?」

あ、一言補足。ここまで決して怒り口調ではありません。どっちかって言うとからかい気味で言いました。

「いや」

「今日は誰から?」

「あ、岡田さんから」

岡田さんって言うのは恭子の事。

「ふ~ん」

で、どうしたんだろ。と、考える間もなくハルが教えてくれる。

「断ったけどな」

「なんで?」

咄嗟に聞き返してしまう。

「別に、何とも思ってなかったから」

菜々には返事しなかったのに、って、返事しなくていいって言われたからか。そう思ってるうちに、

「じゃ、それだけだから」

と、ハルはまた行ってしまう。



 一日前の木曜日(朝)


 登校中、昨日の朝と同様に、昨日の夕方のことを美咲に報告。

「恭子ダメだったんだ」

私が話し終えると美咲が呟くようにそう言う。

「美咲はハルから何て呼ばれてる?」

「ミサ」

怪訝な顔でそう答える美咲。

「じゃあ脈あるかも、恭子は岡田さんって呼ばれてたから」

「そう言えばそうかも」

美咲はちょっと考えてる顔をしてからそう言いました。

「美咲もさっさと告っちゃいなよ」

「え~、さすがに三日続くと池尻君も嫌なんじゃない?」

「美咲から告られるのを待ってたら?」

「それならいいんだけど、そっかなぁ?」

「知らんけど」



 そして金曜日(夕方~夜)


 自宅近くでいつものように美咲と別れる。告白はまだ。そして、ハルがまた待ち伏せしていた。また誰かに告白されたのか? するとこう言い出した。

「明日、菜々と水族館行ってくる」

「はあ? なにそれ」

ちょっと待て、菜々と付き合うことにしたわけ?

「いや、この前水族館一緒に行こうって誘われたんだ」

告白されたんじゃなかったっけ? それともOKの返事をして誘われたってこと? いつの間に?

「聞いてる?」

「き、聞いてるよ」

しまった、動揺してる。

「あの時、その場で返事しなくていいから、OKなら土曜日に水族館行こうって言われたんだ」

そういうことだったんだ、だったらそう言ってよ。

「水族館で待ち合わせなの?」

そう聞いてしまった。

「ううん、地下鉄の改札。十時から十時半まで待ってるから来てって言われた」

OKならってことか。でも行くということはOKなんだ。

「ふ~ん、で、行くってことは?」

頭の中ではもうどうでもいい感じ。でも、また聞いてしまう。

「うん、菜々と付き合う」

「好きなの?」

「まあな」

何故かお互い目を合わさず会話してる。

「彼女欲しいとか思ってたんだ」

「ま、そりゃ一応」

「ふ~ん」

「男子校行く予定だから、今のうちに作らないと機会がなさそうだもんな」

なる、男子の立場でもそう言う焦りはあるんだ。でもそう言う焦りで彼女作るってどうなんだろ。でももう聞きたくない、帰りたい。

「あっそ、じゃね」

私はそう言って歩き始めました。その背にハルの声が届きます。

「真央はデートもしてくれないもんな」

何を言ってんだ、誘われたことなんてないぞ。でも何も返せない。私は聞こえなかったようにその場を離れました。


 何事もなかったかのように家族と夕食を食べ自室に。ベッドに倒れ込む。ハルのことを考えていました。ハルに彼女が出来る。でもハルの一番近くにいるのは私。だからハルが誰と付き合おうと関係ない、と思ってた。なのに本当にハルが誰かと付き合うとなると怖い。もうハルとは会えなくなる。同じところに住んでるんだから、会えなくなるなんてことはないけど。いや、そうなったら会いたくない。顔を合わせたくない。でもそれも嫌だ。

 もうわけが分かんない。シェ・シバタでは焼き菓子、ドゥリエールではミルフィーユってくらい、ハルに一番近いのは私だと信じてた。(ごめんなさい、ショックのあまり例えがローカルになっちゃった。分かる人だけ分かって。と言うのも何なので、太陽は東から上るって置き換えて)でもその確信が崩れてしまう。そんな思いのまま寝てしまいました。



 明けて土曜日(朝)


 私は目覚めた瞬間気付きました。

『ハルのことが大好き』

この思いを伝えなきゃ。勝負はハルと菜々が駅で会うまで。時計を見ると九時四十分。何時間寝たんだ! と、自分に怒る。部屋着のスウェットのまま飛び出した。

 公園の中を全速で走る。まだもう何日か六月だと言うのに真夏のように暑い。木々を抜ける風もない。ちょっとは気を利かせて応援してよ。公園南側の道路に出たあたりで息が切れる。帰宅部にはちょっと無理な連続ダッシュ。なのにここからは上り坂。

「キッツイ!」

無意識に気合を入れる声が出る。左カーブの上り坂の先にハルの背中が見えた。間に合った。待ち合わせは改札だって言ってた。地下への降り口までには追い付いてやる。でも、足も息もキツイ。きわどいかも。

(ハル、ちょっとでいいから止まって、今行くから)

心でそう叫びながら無理矢理足を前に出す。地下鉄の降り口が見えてきた。

(間に合わない、お願い止まって、ハル!)

ハルが立ち止まる。願いが通じた。でも、その瞬間私の足も止まった。ハルの背中の向こうに菜々が見えた。泣き出しそうなほどの菜々の満面の笑みが。

 二人が地下鉄の降り口に消えるのを見てから、ヨタヨタと坂を下りました。公園に入りベンチに座り込む。菜々の笑顔を見て恥ずかしくなった。もう誰にも会いたくない。

「まーお」

なのにいきなり声を掛けられた。顔を上げると学校のジャージ姿の女子がいる。

「美和、なんで?」

良かった、もう息は切れてない。

「部活中、午前中はサッカー部がグランド使ってるからランニング」

「公園の中走るんだ」

「うん、真央も走ってた?」

そう言う格好に見えるかも。髪も汗で濡れたままだし。

「ま、そんな感じ。もう帰るけど」

「そ、じゃまたね」

美和はそう言って走り去る。

 また適当な事を言ってしまった。私は誤魔化してばかり。素直にならなきゃ。うん、素直になろう。でも今更ハルに素直な気持ちを言うのはやめよう。菜々に悪すぎる。ううん、沙織や他のハルのことを好きだった子に対しても。そして美咲にも。なので、ハルを好きだと思ったことを忘れよう。

 でも、それって素直になるってことと矛盾する? なかったことにしたら矛盾しない? ダメだ、考えられない。家に帰って何か食べよう、お腹空きすぎ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

告白 ゆたかひろ @nmi1713

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ