告白

ゆたかひろ

がんばれ、美咲

 金曜日(夜)


 同じマンションに住む池尻陽輝から一種の告白をされた。数時間たった今、聞きたくなかったと本気で悩んでいる。いや、いっそ暴れたい。



 四日前の月曜日(夕方)


 学校近くの広大な運動公園。数年前まで毎年三月に行われる国際女子マラソンの、スタート&ゴール地点だった陸上競技場もある。今はその役を北の方のドーム球場に譲ってしまったけれど。その競技場近くのベンチで、美咲とソフトクリームのコーンをかじってた。学校を出てから途中のたこ焼き屋さんで買ったもの。コーンの上に20センチ以上盛られるソフトクリームだけど、ここにたどり着いたころにはコーンしか残ってない。

「話って何?」

話があるって言ったのに、ここに来るまでは「あとで」とはぐらかしていた美咲。ベンチに座ってしばらく経つのにまだ話し始めない。コーンの最後を口に放り込んでからそう聞きました。美咲は少し顔を伏せてから口を開く。

「真央って、ほんとに池尻君と付き合ってないよね?」

「またあ? 何度もないって言ったじゃん」

「ほんとに?」

「ほんと」

「付き合う気もない?」

「ない」

即答して美咲の目を冷たい視線で睨んでやる。美咲も無言のまま私の目線を受ける。そしてこう言い出した。

「なんで?」

「はあ?」

意味が分らん。

「仲いいじゃん」

「もう、知ってるでしょ、付き合いが長いだけ」

「長いって、赤ちゃんの時からでしょ?」

「だよ」

誤解のないように言っときますが、お互いの家が同じマンションにあるってだけです。

「何も感じないの?」

何を感じろというんだ? 今日の美咲は変だぞ。美咲がハル(池尻君)のことを好きなのは知っている。と言うか、もう数えきれないくらいこういう話はしてる。ハルは誰が好きなのかと聞かれ、聞いてくれと頼まれる。そしてその度に私とハルがどうなのかと聞かれる。これは美咲に限ったことではないけど。ハルはモテる。そして私とハルは仲がいいと知られている。なのでハルに気がある子で私に接近してきた子は何人かいる。そして右の方で美咲がしてきたような質問をしてくる。私の中でハルは弟みたいなもの。今二人で並ぶと、170センチ超えのハルと150センチで止まってしまった私では、逆だろと言われるかも。

 私は答えずに投げ返すことにしました。

「美咲にもいるでしょ? 幼稚園ぐらいから知ってる近所の男子。そういう子に何か感じるの?」

「いるよ、でも池尻君とは全然別物」

「別物?」

「そ、伊勢海老とザリガニ。いや、松阪牛と消しゴムのカスくらい違う」

「松阪牛って、何?」

「分かんない? 同じ次元で比べるのも馬鹿らしいくらい違うってこと」

いやいや、見た目が似ているもので例えるべきでは。

「はあ」

「池尻君はかっこいいもん」

「ま、成績はいいからね」

「見た目もいいの」

確かに、スポーツマン体型はしてる。でも実際はかなりの運動音痴。

「で? 結局何が言いたいの?」

そう聞くとまた顔を伏せる美咲。そしてそのまま口を開きました。

「恭子知ってるでしょ?」

唐突だなぁ、なんで恭子が出て来る? 恭子は一年の時、お互いに同じクラスだった子。

「知ってるよ」

「美和がね、恭子に聞かれたんだって。池尻君は真央と付き合ってるのかって」

美和は小学校からの友達。帰宅部の私と違い、ソフトボール部に所属。なので中学に入ってからは学校内での付き合いしかない、けど仲はいい。ついでに、美咲、美和、恭子、そしてハルは現在同じクラス。

「それで?」

「それで私に聞いてきた、美和が」

同じクラスにいる美咲が私と仲がいいのを知ってるから、美咲に聞く方が手っ取り早いと思ったな。直接私に聞きにくれば良かったのに。そしたら『ガオー』って言ってやったのに。

「それで?」

「んっとねぇ、その前に、美和が恭子に何でそんなこと聞くのか聞いたんだって」

「……」

「そしたらね、池尻君に彼女がいないなら告白しようと思ってるって」

「おお」

またハルを狙う奴が出て来た。でも恭子は別格。スラっとしたカッコイイスタイル。ちんちくりんな私とは比べたくない相手。隣のクラスの美咲達とは体育の授業が一緒。着替えるときに見る恭子は一足先に大人の姿。発育したエッチな体をしている。体操服姿になると男子の視線が半分以上集中する。そんなことを思ってると美咲が続ける。

「もうすぐ中学最後の夏休みでしょ? 一緒に過ごしたいんだって」

「なるほどね」

そう言うと美咲が睨んでくる。

「何?」

「何? じゃないでしょ。恭子に先越されたらどうすんのよ」

ああ、美咲にしたら強敵登場ってやつか。

「そっか、じゃあ先に美咲がハルと付き合っちゃえばいいじゃん」

私を睨む美咲の目がさらに細くなる。何で?

「そう言うってことは、ほんとに真央は池尻君の事なんでもないのね?」

まだ疑ってたのか。ハルが誰とくっつこうがどうでもいい。ま、本音を言えば私と親しい子じゃない方がいいけど。目の前でイチャイチャされるのはうっとおしいから。でも美咲なら許そうかな、なんて思ったりする。

「おんなじこと言わすな」

「わかった、なら私も付き合ってって池尻君に言う」

そう言われても驚かない。やっとか、って感じ。

「そ、頑張って」

「そうじゃないでしょ」

「何が?」

「応援してよ」

「どうやって?」

「どうって、どうにかして……」

気持は分からないでもないけど。それに美咲だけ応援できない私の事情もある。また俯いてしまった美咲に私は言う。

「こういう事言うとルール違反みたいで嫌なんだけど、美咲だから教えてあげる」

「……」

美咲がこっちを見る。

「先週ね、沙織からもおんなじような事言われたの」

「え?」

沙織も小学校から仲のいい友達。

「ハルに告白するから援護射撃してよって、でも断った」

「なんで?」

「はあ? あんたがいるからでしょ」

美咲の顔が明るくなった。単純なやつ。

「ありがと」

「でも、沙織にそう言ったからには美咲の応援するわけにもいかないからね」

「そっか」

単純に落ち込み顔をする美咲。

「それに、応援とかってどうやんのよ」

「だよね」

「なんかみんな急に焦り出して変じゃない?」

そう言うと美咲がまた私の方を向く。

「だって池尻君、男子校行くんでしょ? もう今年しかないじゃん」

そう言えば私立の進学校受けるとかって言ってた。そっかそれでなんだ。どんなに頑張っても男子校に行かれたら同じ高校には通えない。

「そっか、ま、頑張って」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る