夜に咲く華の名前は

 鬱。

 なんてのとは、多分一生関わらないんだろなー。

 私は今最高に幸せ。嫌な事なんて何一つない。

 昨日右派幸せだったし、今日も明日も多分幸せ。こういう幸せのサイクルが回っている限り、私の人生に不幸というものが巡ってくることはまずありえない。

 寝起きで眠たい目をこすりながら、私はスマホを確認。何個もラインからの通知が来ている。全くー、人気者はつらいなー。私はラインを開いては、一人一人に返信していった。そんなことをしてるだけで、三十分くらいが経った。


「さくちゃーん」


 一階からママの声が聞こえてくる。

 多分、今日学校に行くかどうかを聞かれるんだ。私はどう答えるかもう決めてる。一年前からすでに決めてる。


「学校いかなーい」

「わかったわー」


 それで、ママとの会話は終わり。ママは私の幸せを一番に考えてくれているから、無理に学校に行けなんて言われない。そんなことを言われた日には、ママとはもう絶交。そんなことしたら、私は飢えて死んじゃうけど。

 今日も学校休むし、お昼まで家でごろごろしてー、お昼からは友達と遊ぶ。夜は彼氏とデートしてー。楽しみぃ、今日一日が楽しみで仕方がない。昨日の今頃も全く同じ気持ちだったけど。

 じゃあとりあえず、お昼までにゴロゴロする準備でもしよっと。

 スマホの画面を開いて、ユーチューブを開いて。

 これだけで三時間は過ごせるなー。何の動画から見よっかなー。

 昨日は何を見てたっけ。

 昨日は、何を。

 見てたっけ?


「あれー?」


 履歴を見てみよっか。

 あれ、消えてる。

 消えた。


「あれ、あれ、あれ」


 なんだかおかしい。なにかおかしい。

 忘れた、消えた、何かが消えた。

 何?何が消えたの?一瞬の出来事過ぎて、何が消えたかすらわからない。

 胸がとてもざわついている。焦燥感であふれかえっている。何かをなくした、何をなくしたかが何一つわからない。

 その日見た夢を思い出しているような感覚。私はどんどんと、何か思い出せないものを思いだそうとしている。

 そして、そうしようとすれば、どんどんと、次々に何かを忘れていく。それが何かすらわからない。

 消えた、消えた。


「…………」


 何が……?


「…………」


 まだ足りない。

 まだ足りない?


「…………」


 なんだっけ。

 私は記憶の糸を探す。

 見つけた。


「……まだ足りない」


 記憶の糸が、消えた。

 わたしの記憶は空へと消えた。

 もう二度と取り戻すことができない、とても重大な何かが消えた。


「……消えた」


 失敗だ、失敗。

 私はどうやら失敗してしまったようだ。

 しかし、それは私の失敗でもある。


「誰……?」


 私以外ありえない。

 何かが消えた、私以外ありえない。

 ……残っている?


「何も残さない」


 気が付けば、それは空の上。


「私が消えれば、何も残らない」


 そんなの嫌。私は嫌。

 私の中に何が残っている?


「ハハハ、失敗した。次は成功させよう」


 ああ。

 鬱だ。


「ハハハハハハハハハハハハハハハ」


 何かが消えた。

 ああ、鬱だ。

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現・潺・花・簪の夜 弦冬日灯 @peppermint0528

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