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「残念だが混浴風呂は現在修理中だ。人目を盗んでまで来てご苦労なこったな」
「な、なんでここにお主らが勢揃いしているんだ!?」
妖精姫が派手に損壊した事実は伏せて伝えると、わかりやすく肩を落としてショックを隠そうとしないガランドにジト目を向けるアイリスは、館内で怪しい人物は見なかったか尋ねた。
「そういえば……つい先程女将がキョロキョロと辺りを見渡して備品室に入っていく姿を見かけたな」
「女将だと? どうせ足りない備品を取りに行っただけだろ」
「ワシもそう考えたんだが、妙に警戒している雰囲気に違和感を覚えての……後を付けてこっそりと中で何をしているのか様子を窺っていると、室内で誰かと会話をしているようだったんだ」
「おじさん。女将は誰と何を話していたの?」
アイリスが剣のある声でガランドに話の続きを促すと、その迫力に若干腰が引けながらもその場にいた全員が予想しえなかった真実を告げた。
「小声で喋っていたようだし、ワシも扉越しに聞いてたもんでハッキリとは聞こえなかったが、『この指輪さえあれば旅館はやり直せる』とかなんとか言っておったな。一体何のことを差しているのかわからんが……というか、お主たちはこんな時間に何をしていたんだ?」
✽✽✽
一旦無悪たちの部屋に戻った一同は、ガランドが聞いたという話を前提に仮説を組み立てていた。物的証拠はないとはいえ、会話の内容から窃盗事件に関わっていることは明白だったので容疑者として見て間違いない。
有力な情報を寄越したガランドは褒美として金貨一枚を手渡されると、未だに
無悪の口からサラマンドルに到着してからの事の経緯を一から伝えられると、「ワシの役割も終わりじゃな」と寂しそうにぼやきながらアイリスが淹れた茶を
「お主が真実を知った上で、アイリスに付き添うというのであれば老い先短いワシのために男として責任を取ってもらえると有り難いんだがの」
「ちょ、おじいさん! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「二人とも、その話は今度でもいいかしら」
二人の会話の応酬を止めた妖精姫は、盗まれた指輪の特徴について尋ねてきたので覚えている限り詳細に伝えると、長い耳がピンと立ち上がるほど驚愕の表情を浮かべて無悪の肩を揺さぶってきた。
「その話が本当であれば大変なことですよ!」
「鬱陶しい。何が大変なんだ」
細腕を振り払うと、取り乱した自分を恥じるように咳をして答えた。
「その指輪に使われているのは、超超希少な
「亀だと? そういや
「いえ、知らないです。おじいさんは?」
「確か……成長すると大陸を背負うほどの巨躯になると言われている伝説上のモンスターだったが、もう絶滅して久しいはずだ。そうだよな、妖精姫よ」
ガランドが古い記憶から引っ張り出してきた答えに、妖精姫は「御名答」と手を合わせて答える。
「大陸亀の生態は寿命から生殖まで何一つ知られていません。というのも、彼等の寿命は生命の
鼻息荒く解説する妖精姫が言うには、大陸亀の甲羅は加工が極端に難しく、仮に指輪が市場に出回ればそれだけで世紀の大ニュースになるという。
その価値はもはや天文学的な額にのぼるようで、想像もつかないらしい。
「なるほど――これで犯人の動機も判明したな。夕食時に指輪の存在に気がついた女将は、経営が傾いている旅館を立て直すためにアイリスの寝込みを襲って盗んだに違いない」
「やっぱり、女将さんが犯人なんでしょうか」
人を疑うことに慣れていないアイリスは、自らの感情をどうやって咀嚼すればいいのかわからない様子だった。
「それは
「そうですね。かつては冒険者のイロハを叩き込んだ身として恥ずかしい限りですが、教え子の過ちさ師が正さねばなりませんし」
最も敵に回してはならない存在の二人は、部屋をあとにすると女将のもとへと向かった。
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