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 遥か遠方の戦争が絶えない小国で召喚されたイシイは、「その知識を我が国のために捧げろ」と王直々が発した勅令を一旦預かると、その日の深夜のうちに城を出奔した。


 その際に護身用にと肌見放さず持ち歩いていた致死性の高いを城内に振りまくことを忘れずに――。


 結果、王宮に仕える四桁にのぼる人間を殺害し、第一級犯罪人として賞金バウンティをかけられたイシイはそれから数年間、縁もゆかりもない世界を一人放浪して自分の目的を果たすのに最適な土地を探し求めていた。


 そして、ようやく辿り着いたのがブラン村だった。


 イシイにとって幸運だったのは、過疎化の一途をたどるブラン村に住む老人の殆どが、胡散臭い掟や人狼の祟りを信じ恐れていたこと。


 山の神が棲むと伝えられているピニャルナ山に滅多なことではより近付かない点も好都合で、役にも立たない信仰心をイシイは利用することにした。


「僕はこのピニャルナ山に研究所を建設することを決めた。そこで白羽の矢を立てたのが一号君だ。彼はこの村の未来を憂いていてね、僕の教えてあげた計画に乗るかわりに村の存続が可能なだけの金を寄越せと言ってきたんだ」

「村人が人狼を装っていたのは、侵入者を研究所に近づけないためか」

「正解。君が全滅に追い込んだ人狼隊は僕特製の強化薬ドーピングによって何倍もの身体能力を得ることができるはずなんだけど、どうやら人工的な強さは本物の前でまるで刃が立たなかったみたいだけどね」


 頂が近づくにつれ、白く立ち枯れた樹々や小型の草食動物の亡骸を多く見かけた。なかにはこの地域には存在しないはずの大型モンスターの腐乱死体も放置されている。


「このピニャルナ山全体が僕の実験場だと思ってもらっていい。麓の住人は人狼様のお陰で田畑が荒らされずに済んでると勘違いしてるみたいだけど、実際は実験で広範囲に神経ガスを散布した結果、山中から害獣が減ったに過ぎない。なかにはタイミング悪く足を踏み入れた人間も含まれてるけど、そんなことは知ったことではない」


 ――どうやらドラ息子の安否を気にしていたアゾッロにとって最悪な報告となりそうだな。


 山頂に到着すると、巨大な建造物が姿を見せた。まるで日本のような指紋認証を用いて扉を解錠し中に立ち入ると、内部にはこの世界の科学技術の水準を逸脱した機器の数々が所狭しと揃っている。


 用途もわからない機材の中で一際存在感を放つ巨大な貯蔵槽タンクに近付いた無悪は、貯水槽に彫られたアルファベットに目が釘付けになった。


「まさか……こんなモノまで精製してるとは……」


 〝SARIN〟


 それは最悪の化学兵器の名。

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