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 要人の暗殺、破壊工作、社会に大きな影響を与える裏の仕事を数多く手掛けてきたフリーの暗殺者は、ギルドから最重要危険人物レッドデータに指定されているとオルドリッチは新しい葉巻に火を灯し吐き出した。指先は過去に怯えるように僅かに震えていた。


「あくまで推定だが、冒険者狩りのランクは金級オールとも言われている」


 駆け出しレベルの青銅ブロンズ級から、アイゼン級、スチール級と段階を経て中級者に昇格する。


 シルバー級、ゴールド級、白金プラチナ厶級は上級者と一括にすることが可能ではあるが、銀級と金級とでは天と地ほどの実力差があると妖精姫から教わっていた。


 さらに上には灰輝石ミスリル級、神混石アダマンタイト級、緋緋色金ヒヒイロカネ級が存在するが、ここまで到達するのは一握りの天才の中のさらに一握り――人外と呼ばれる冒険者のみだという。


 ちなみに妖精姫は自分の階級を教えたがらなかったが、こっそりと耳打ちしたエレーナ曰く、全盛期は灰輝石級に相当したらしい。当時はお転婆が過ぎていたようで、本人の中で黒歴史扱いとなっているとのことなのでイジるのは禁句なんだとか。


「白金級と言やぁ、小型のドラゴン種なら一人で楽々と狩れるほどの猛者だ。まあ、昇格試験を受けないで本来の実力を隠してる奴もいるにはいるから定かじゃねぇが」

「階級が上がれば上がるほど行動に制限がかかるから、ですよね」

「そうだ。なんせ金級以上の冒険者には無断で国境を跨いではならない取り決めがある。そりゃあ個人で竜を倒せるような人間が好き勝手に隣国に移動しちまえば、国同士の均衡バランスなんざあっという間に崩壊しちまうからな。本来であればギルドに越境申請を届け出て受理されないといけねぇが、少し悪知恵が回る実力者は敢えて昇級せずに銀級で留めておく。報酬は増えやしないが、銀級のままであれば規則に雁字搦めにされるわけでもねぇ。冒険者狩りはそもそも冒険者の証明書ライセンスは持ってねぇから関係ないがな」


 口が滑らかになったオルドリッチは過去に一度、冒険者狩りの力を利用したことがあると告白をした。


 十年ほど前――アキツ組は敵対関係にあった新興勢力と血で血を洗う抗争を繰り広げていて、互いの構成員が顔を合わせれば刃傷沙汰は当たり前。


 裏路地には必ずと言っていいほどむくろが転がっているような事態に陥り頭を悩ませたオルドリッチは、カークランドに相談を持ちかけたところ送り込まれたのが当時十代半ばだった冒険者狩りだという。


「奴は死神だ……。俺みたいな人間が制御コントロールできるような代物じゃない」


 オルドリッチの昔語りに無悪が驚いたのは、冒険者狩りが女で、しかも十代前半だったという点。今から十年前の話だというから単純計算で現在二十代半ば――今もなお現役であってもおかしくはない。


 結論から言えば、アキツ組を凌ぐほどの勢いだった新興勢力は、たった一人の小娘によって一夜にして壊滅した。


 根城アジトで警護にあたっていた冒険者崩れの面々は、決して戦闘力で劣ってるとは言えない手練が集められていた。銀級の元冒険者も含まれていたはず。


 にも関わらず根城が陥落したと一報を受けたオルドリッチは、急いで現場に赴いて確認したところ――その惨状に言葉を失ったという。


 ある者は原型を留めないほどになます斬りにされ、ある者は生きたまま全身を焼かれ、頭部を切り離された上に局部を口にねじ込まれた奴もいた。


 地獄の獄卒でさえたじろぐほどの容赦のなさに、ウィルは聞いただけで嘔吐し、無悪は驚きを隠すことができなかった。


 話はそれだけに留まらず、依頼の範疇を超えて勝手に動き出した冒険者狩りは、新興勢力に属していた者の親族郎党までも同様の手口で手にかけ始める。


 その中には口も利けない歳の幼子や目の不自由なガキまで含まれていた。残虐行為の数々にオルドリッチも胸糞悪さを覚え、二度と会いたくもないというが無悪は違う――一体どれほど壊れていれば、そこまでの所業を行えるのか、実際に己の目で見て確かめてみたいとさえ思えた。


「その女は、どこに行けば会えるのでしょうか」

「俺の話を聞いてなかったのか。あのヤローは」

「私はなんでも自分の目で見たものしか信じない口なんです」


 溜息を吐いたオルドリッチは、呆れながら居場所を答えた。


「残念だが今の俺に接点はない。冒険者狩りにこれ以上関わるのはやめとくんだな。俺にまで火の粉がかかっちまう」


 日和った男の忠告を聞き流しながら、最後となるだろう手酌を笑顔で注いでやった。



        ✽✽✽



 超越草の流通経路は全て把握した。

 アキツ組の背後で懐を潤している黒幕の存在も発覚した。


 潜入捜査として完璧な仕事だ。妖精姫から請け負った依頼は、これにて一応は完結したことになる。結果は上々、明日にでも適当な口実を伝えてあとは頃合いを見計らってラスケイオスを離れれば済む話なのだが――その思惑を打ち破るように無悪が逗留を続けていた宿の扉を叩く音が響いた。


「夜分遅くにすみません」

「あなたは、確かオルドリッチ様の護衛の一人でしたね。こんな夜更けにいかがなさいましたか?」


 扉を叩いたのは、何時ぞや無悪に冷めた眼差しを向けていた名も知らぬ護衛の女。

 助けを求めるような目で見上げてくると、思いもしなかった言葉を告げた。


「アキツ組本家が襲撃されました」

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