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 初の顔合わせから数回膝を突き合わせ、重要機密である超越草の製造拠点に同行視察をするまで距離を詰めることに成功した無悪はオルドリッチと盃を交わしていた。


 腰掛けるソファの背後には、として付き従うウィルが休めの姿勢で突っ立っている。男子三日会わざれば刮目して見よ――とまではいかないものの、地頭はそこまで悪くないようでオルドリッチから金の稼ぎ方のイロハを学んでこいと、無悪の付き人兼護衛として預かっている。


 ここまでたどり着くのに一ヶ月――潜入捜査としては、まずまずの出来ではないかと自負していた。未だ怪しまれる気配はなく、順調そのものと言っていい。


「ったく、毎月納めなきゃならねぇ寄付額だけで大金貨一枚だぜ。確かに後ろ盾なしにシノギをしてた頃と比べりゃ好き放題やれちゃいるが、近頃は国が本腰を入れて超越草の検挙に乗り出してるとかなんだとか、何かにつけて金額を吊り上げてきやがる。向こうにしてみれば俺らのことなんざ都合のいい財布程度にしか思ってないんだろうが、こっちはたまったもんじゃねぇよ」

「それはそれは、オルドリッチ様が憤るのも無理はないですね。やはりこのあたりで手を切るのが最良ではないでしょうか」


 オルドリッチは他人に対して人一倍疑り深いが、反面一度信用した人間には口が軽くなるタイプだった。


 ヤクザの中にも似たような性格の人間はそれなりの数いる。組長の椅子に座った途端、周囲を囲む人間が全て自らの命を狙う敵に見えてしまい、誰も寄せ付けなくなるのだ。


 暴力を生業としているくせに、自らを気にかけてくれる人間にことさら甘くなるのは、根っこがヤクザに向いていない証拠と言える。


 無悪を信頼しきったオルドリッチから情報収集するのは以前より容易くなったが、代償として不甲斐ない部下に対する愚痴も同時に聞かされるはめになったのは苦痛でしかない。


 誰が相手だろうが主導権を握らずにはいられない無悪にとって、聞き役に徹して相手のペースに合わせるというのは最も苦手とする苦行の一つである。

 

「アキツ組を財布代わりにする程の御仁となると相手はだいぶ絞られますが、さぞかし位の高い御方なのでしょうね」

「高いなんてもんじゃねぇ。この国の法を司る御方だ」


 ――ようやくだ。ようやく引き出せた。


 しかし、引き出したかったその言葉はやはりというべきか、無悪の予想が当たってしまったことを意味する。


「法律そのもの……。ということはつまり、この国の法を制定する法務院――その長ですか」

「ああ。絶対に口外するなよ。俺達アキツ組の背後バックにいるのは、法務院大臣のカークランドだ」

「えっ、あの次期宰相を狙っていると言われているカークランドですか⁉」


 背後に立つウィルが素っ頓狂な声で驚いていた。


「なるほど。確かにあの政界の重鎮タヌキでしたら、裏で何をやっていても驚きはしないですね」


 そもそも、今回の一件の始まりなった妖精姫に届けられた依頼状の送り主は、サルイット子爵というなんの秀でた才能もない世襲貴族ボンボンだった。


 日和見主義。事なかれ主義。長いものに巻かれて生きてるような奴で、悪事に手を染めるほどの器量はないというのが無悪の抱いた印象である。

 一方、法務院大臣であるカークランドは、長年権力の座に座り続けることで利権という利権に絡んでいる印象だった。

 未だ政財界に関しては疎い無悪でさえ、悪名を小耳に挟むくらいには有名な政治家である。


 ――湯水の如く散財するほど裕福ではないが、没落貴族というほど困窮しているわけでもない。小金を握らされてあのような手紙を送ったと考えるより、醜聞スキャンダルでも握られて、やむを得ず従ったと考えるほうがしっくりくる。


 案の定予想は的中し、調べたところサルイット子爵は他国の間諜スパイによる色仕掛ハニートラップにかかったようで、例えば中華人民共和国国家安全部――通称MMSは、日本の政治家や官僚に対して昔から現在に至るまで日常的に色仕掛を仕掛けていることは有名だが、何故単純な手法がなくらないかというと男は基本的に「女」で釣るのが効率的で有効であることが証明されているから。


 サルイット子爵の場合、ハニートラップを仕掛けたのが本当に他国の間諜スパイかは疑わしい。

 権謀術数に富んだカークランドであれば、この手のトラップなど造作もないだろうが、続く言葉に無悪の片眉はピクリと反応した。


「ただな、本当に怖いのはカークランドじゃない。護衛の暗殺者アサシンなんだよ」

「暗殺者ですか?」

「奴の手に掛かった人間は数知れず。国から賭けられた賞金バウンティ目当てに集まる冒険者達を返り討ちにし続けた結果、いつからか『冒険者狩りマンハントマン』なんて大仰な異名がつくようになった女だ」

連続殺人犯シリアルキラーですか。だいぶイカれた奴ですね」

「それだけじゃない。中でも気に入った冒険者を見つけると、仕事とは関係なく残虐な手法で甚振り殺すのさ。猫が鼠を本気で殺さないように、飽きるまでひたすら凌辱の限りを尽くして遊ぶのさ」


 背後で小さく悲鳴を上げるウィルの声が聴こえる。

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