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普段感情を揺さぶれることなど皆無と言っていい無悪だが、女の発言の意味を正しく理解するまでに一瞬の時間を要した。
脳内を駆け巡る可能性――依頼を完璧にこなしたと悦に入った矢先に起こった、ただの偶然では片付けられない見計らったようなタイミングの凶報。
「アルタナさん。いえ、サカナシさん。貴方がアキツ組の背後にいる人物を調べるために内部に忍び込んだことは前々から知っています」
「……お前、ただの護衛じゃなかったのか」
「その点も含めてお伝えしたいことは山ほどあります。ですが……今は一刻の猶予もありません。アイツがいつ追いつくかわからないものですから」
「アイツ? 誰に追われてるというのだ」
「〝冒険者狩り〟ですよ。オルドリッチも、恐らくウィルも……あの場にいたものは皆殺害されたに違いありません」
✽✽✽
辛うじて命を繋ぎ止めたアキツ組の下っ端は、周囲に転がる肉塊と化した同胞達の亡骸を目にしすると、あまりの惨状に堪えきれず嘔吐した。
――どうしてこんなことになってしまったのか。
口の周りを吐瀉物で汚しながら、死体の上を這いずり外部へ助けを求めようとしていた。
つい先程まで馬鹿騒ぎしていた仲間たちが、今では全員糸が切れた人形のように事切れ、咽返るほどの血と臓物の臭いで辺り一帯は支配されている。
突如襲いかかってきたのは悪夢としか思えない無慈悲な暴力と殺戮――真の恐怖を前に、いかに己がちっぽけで矮小な存在か思い知らされた男は、深手を負い光を失った片目から溢れる涙を堪えきれずにいた。
今さらながら、浅はかな覚悟で裏社会に足を踏み入れてしまったことを猛烈に後悔していた。
「もう足を洗うから……これからは真っ当に生きるから……神様……どうかオレを助けてくれ」
「なんだ、まだ生きてるヤツがいたのね」
心の底から軽蔑するような声が耳朶に届くと、男の身体は意思に反してその場から逃げ出すことを諦めた。本能が生を放棄した瞬間だった。
「雑魚の癖に生命力だけはゴキブリ並みにしぶといんだから。一々手を煩わせないでよね」
「た、頼む、見逃してくれッ」
「そんなこと言って、あんた達が逆の立場ならみすみす見逃すとでも?」
――絶命した男の後頭部から暗殺用にしては巨大な
もっと獲物を寄越せと言わんばかりに柄を震わせたが、冒険者狩りは無視して鞘に納めると溜息を一つ、深々と吐いて今回の襲撃がいかにつまらないものか愚痴をこぼす。
「ったく、てっきり金目の物でもたんまり隠してるのかと期待したってのに、たいした財産もないじゃない。雑魚しかいないし、こんなつまらない依頼なら引き受けるんじゃなかったわ」
定期的に大量の血肉を『餌』として与えてやらないと、途端に機嫌を損ね所有者をも傷つける〝魔剣〟は、持ち主を選ぶ代わりに一騎当千の力を与えてくれる。
次々と哀れな破落戸たちを切り刻んで餌として与えてやったが、近頃無機物の癖に
「そういえば、あの
彼女を満足させるには程遠かったが、一人だけマシな実力を備えている女と邂逅した。普段オルドリッチの側に仕えていた護衛であることは知っていたが、まさか自分と数回とはいえ、
決断力も優れていた。天と地ほどかけ離れた技量の差を即座に見抜くと、ここぞというタイミングで貴重な「時飛びの羽」を惜しげもなく使用して戦線を離脱した。
今すぐ後を追って始末しなければ、雇い主であるカークランドに雷を落とされることになる。金払いだけは惜しまない男なので貯蓄など皆無に等しい彼女からすれば切り難い人物であることに変わりはなかった。
そしてなにより――楽しい
「あの女は後回しにするとして、先にメインデッシュから頂くとしようかしら。なんてったって、私は大好物を先に食べちゃいたい派だから。ていうか、あんたもツイてないわね」
視線を向けられた先には、
「さて、アンタが撒き餌になるなんて考えられないけれど、カークランドの旦那の指令だからさ。悪いけどこれから私と一緒についてきてもらうよ」
華奢とはいえ成人男性を軽々と持ち上げ肩に担ぐと、冒険者狩りは意中の男性を思い浮かべながらアキツ組の根城を後にした。
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