25

 普段感情を揺さぶれることなど皆無と言っていい無悪だが、女の発言の意味を正しく理解するまでに一瞬の時間を要した。


 脳内を駆け巡る可能性――依頼を完璧にこなしたと悦に入った矢先に起こった、ただの偶然では片付けられないタイミングの凶報。


「アルタナさん。いえ、サカナシさん。貴方がアキツ組の背後にいる人物を調べるために内部に忍び込んだことは前々から知っています」

「……お前、ただの護衛じゃなかったのか」    

「その点も含めてお伝えしたいことは山ほどあります。ですが……今は一刻の猶予もありません。アイツがいつ追いつくかわからないものですから」

「アイツ? 誰に追われてるというのだ」

「〝冒険者狩り〟ですよ。オルドリッチも、恐らくウィルも……あの場にいたものは皆殺害されたに違いありません」



       ✽✽✽



 辛うじて命を繋ぎ止めたアキツ組の下っ端は、周囲に転がる肉塊と化した同胞達の亡骸を目にしすると、あまりの惨状に堪えきれず嘔吐した。


 ――どうしてこんなことになってしまったのか。


 口の周りを吐瀉物で汚しながら、死体の上を這いずり外部へ助けを求めようとしていた。


 つい先程まで馬鹿騒ぎしていた仲間たちが、今では全員糸が切れた人形のように事切れ、咽返るほどの血と臓物の臭いで辺り一帯は支配されている。


 突如襲いかかってきたのは悪夢としか思えない無慈悲な暴力と殺戮――真の恐怖を前に、いかに己がちっぽけで矮小な存在か思い知らされた男は、深手を負い光を失った片目から溢れる涙を堪えきれずにいた。


 今さらながら、浅はかな覚悟で裏社会に足を踏み入れてしまったことを猛烈に後悔していた。


「もう足を洗うから……これからは真っ当に生きるから……神様……どうかオレを助けてくれ」

「なんだ、まだ生きてるヤツがいたのね」


 心の底から軽蔑するような声が耳朶に届くと、男の身体は意思に反してその場から逃げ出すことを諦めた。本能が生を放棄した瞬間だった。


「雑魚の癖に生命力だけはゴキブリ並みにしぶといんだから。一々手を煩わせないでよね」

「た、頼む、見逃してくれッ」

「そんなこと言って、あんた達が逆の立場ならみすみす見逃すとでも?」


 ――絶命した男の後頭部から暗殺用にしては巨大なつるぎを引き抜くと、闇夜を閉じ込めたような漆黒の刃に付着した血や脳漿が舐め取られるよう刀身に吸収されていく。


 もっと獲物を寄越せと言わんばかりに柄を震わせたが、冒険者狩りは無視して鞘に納めると溜息を一つ、深々と吐いて今回の襲撃がいかにつまらないものか愚痴をこぼす。


「ったく、てっきり金目の物でもたんまり隠してるのかと期待したってのに、たいした財産もないじゃない。雑魚しかいないし、こんなつまらない依頼なら引き受けるんじゃなかったわ」


 定期的に大量の血肉を『餌』として与えてやらないと、途端に機嫌を損ね所有者をも傷つける〝魔剣〟は、持ち主を選ぶ代わりに一騎当千の力を与えてくれる。


 次々と哀れな破落戸たちを切り刻んで餌として与えてやったが、近頃無機物の癖に美食グルメになりつつある魔剣は、低品質な素材にご機嫌斜めのようで脳内に直接「上等な肉を寄越せ」としきりに訴えてくる。


「そういえば、あのヒトだけはそこそこやり手だったかな。それでも弱っちいことに変わりはないけど」


 彼女を満足させるには程遠かったが、一人だけマシな実力を備えている女と邂逅した。普段オルドリッチの側に仕えていた護衛であることは知っていたが、まさか自分と数回とはいえ、剣戟けんげきを交えられるほどの実力者だとは思いもしなかった。


 決断力も優れていた。天と地ほどかけ離れた技量の差を即座に見抜くと、ここぞというタイミングで貴重な「時飛びの羽」を惜しげもなく使用して戦線を離脱した。


 今すぐ後を追って始末しなければ、雇い主であるカークランドに雷を落とされることになる。金払いだけは惜しまない男なので貯蓄など皆無に等しい彼女からすれば切り難い人物であることに変わりはなかった。


 そしてなにより――楽しい殺戮あそびの場を提供してくれるパトロンである。大事にしないわけがない。


「あの女は後回しにするとして、先にメインデッシュから頂くとしようかしら。なんてったって、私は大好物を先に食べちゃいたい派だから。ていうか、あんたもツイてないわね」


 視線を向けられた先には、猿轡さるぐつわを口にはめられ、捕虜のような佇まいで腰縄を巻かれていたウィルが言葉にならない声を上げて抵抗を見せていたが、柄の部分で鳩尾を殴られると白目を剥いて意識を失う。


「さて、アンタが撒き餌になるなんて考えられないけれど、カークランドの旦那の指令だからさ。悪いけどこれから私と一緒についてきてもらうよ」


 華奢とはいえ成人男性を軽々と持ち上げ肩に担ぐと、冒険者狩りは意中の男性を思い浮かべながらアキツ組の根城を後にした。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る