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「お初にお目にかかります。私は貿易会社を営んでおりますアルタナと申します」


 背後に護衛を数名つけ、踊り子を何人も呼び寄せ酒を飲み始めた幹部の元に自ら赴いて挨拶を交わす――。


一目見て幹部の中に頭領と思しき人物は見当たらず、エスのもたらした情報は誤りであることを悟った。


 事前に得ていた情報通りであれば、アキツ組最古参の一人、オルドリッチが最も立場が上の人間であり熊の如き太い首を回すと鬱陶しそうに口を開いた。


「なんだ貴様は。何処ぞの木っ端商人が我らの間に割って入るなど万死に値するぞ」


 ナンバー2の座に数十年居座り続け、アキツ組の地位を盤石なものにしたのはオルドリッチの手腕の影響が大きいと聞いている。にも関わらず、現在の地位以上を求めもしない。野心を失ったのか、それともハナから存在しないのか判りかねるが、唯一つの椅子を欲しがるわけでもなく組織を影から支える不思議な男というのが無悪の評価だった。


 極道であればたとえ親子盃を交わした「親」であったとしても、自らの出世のためであれば幾らでも非情な裏工作を仕掛けるのがヤクザの基本であり、日常の光景である。現に鬼道会でも裏切りや寝返りはごく当たり前に見られた。


「折り入って相談があるのですが――」

「くどいぞ。それもも今ここで死にたいのか」


 堅気の人間であれば、その威圧感に腰が砕けてもおかしくない殺気を向けられ、フードで必死に顔を隠していたウィルの体はバイブのように小刻みに震えていた。


「そう仰らずに。実は、我が社は各国を股にかけて取引を行っているのですが、何分新興であるがゆえに競合企業との軋轢が厳しく……ですので今以上に発展するためには、各方面に多大な影響力を持つと言われているアキツ組にお力添えを頂きたいと常々願っていたのです」

「似たような話なら幾らでも舞い込んでくるわ。まあいい、名前だけを使いたきゃ金貨百枚。トラブルに対処してほしい場合はさらに金貨百枚。毎月支払うことだな」


 簡潔に伝えるとオルドリッチの興味は踊り子へと向かった。

 無論、無悪自身に会話をそれっきりで終わらせるつもりなど毛頭なく、若干語気を強めて続ける。


「見くびらないで頂きたい。単に貴方方の威光を利用したいわけではありません。清も濁も呑み込んで会社を成長させたい。そのために是非ともシノギに一枚噛ませていただきたいのですよ」

「……うちのシノギにだと?」

「ええ、例えばそうですね。超越草の件――ですとか」

「オイッ! 貴様、一体何処でその情報を仕入れた。まさか他所の組の回しもんか?」


 一番の反応を見せたのは、幹部に付き従っていた護衛の一人だった。

 肉の盾でしかない連中に関心こそなかったが、よくよく見れば盾の中には場違いなほど小柄な女もいた。


 年齢は不明――ただ、その場にいた誰よりも冷たい目をしているのは確かだった。


「止しやがれ。コイツはどうやら俺の〝客〟のようだからな」


 オルドリッチは片手でいさめると、何処でそれを知ったのか尋ねてきた。


「それは機密情報ですので」


 余裕を見せるようにはぐらかすと、オルドリッチは鼻を鳴らし葉巻を二本同時に吸い出した。


「ところで、そいつはお前のツレか? どうして頭をフードで覆ってるんだ」

「実はアキツ組を無断で足抜けしようとして私刑を喰らっていたところを見るに見かねて助けたんですが、なんせ見るに堪えない腫れ具合でしたので仕方なく」

「おお、そうか。わざわざスマンな。ソイツの処分はこちらに任せろ」


 手をのばすオルドリッチに身柄を渡そうとした瞬間――ウィルの首根っこを引っ張り寄せた。


「……なんのつもりだ? まさか人質のつもりかよ。なんなら言っておくが、そんな名前も知らないガキなど」

「人質にするつもりなどハナからありませんよ。ただ、そこいらのガキではないということは確かですが」

「どういうことだ」

「まずはビジネスの話を進めましょう。その後にゆっくりと、説明いたしますよ」

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