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「しかし、お前さんの笑顔の下には随分とどデカい野心が隠れてるようだな。半歩誤れば即命を落としかねない状況で臆することなく自分を売り込んでくるとは――。それほどまでに俺と手を組んで金を稼ぎたいのか」


 手酌で酒を注いでやると、一杯で金貨十枚はくだらない高級酒を水のように飲み干していく。


「誤解があるようですが、金など結果的に得られる果実に過ぎません。私は常に支配する側に立ち続けていたいのです」

「勝ち続けたい、か。しかし勝負には時として負けることもあるではないか」

「そこですよ。大多数の人間は、『負けから得るものがある』だとか臆面もなく口にしますが、それは家畜と同レベルの生活を送ってるからこそ言えるのです。負けから得るものがある? 我々が立っている世界はそんな生易しいものでしょうか。負けることとは即ち『死』を意味するはずでしょう。かといって無様に争いから尻尾を巻いて逃げるような生き恥を晒すつもりもありません。幾ら大金を所持していようが、あの世には銅貨一枚たりとも持ってはいけませんから、金はあるだけ使ってしまうのが信条です」

「……なるほどな。少し雑談を交えただけでわかった。あんたは立派な裏稼業の人間だよ」


 アルコールで前後不覚に陥ってくれれば御の字だったが、かなり耐性が強いようでいくら手酌を繰り返しても顔をほんの僅かに赤らめる程度だった。


 両隣に侍らせた踊り子の身体にいわおのような巨大な手を這わせていたオルドリッチに、本題である超越草の件について話題を持ちかけると、前のめりになり鼻の下を伸ばしていた卑しい顔を一瞬にして真顔に戻す。一種の曲芸のようでもあった。


「アルタナさん。俺と一緒にシノギがしたいんだったら、それなりに旨味のあるプランを持参してきてるんだろうな。あんたの男気を疑うわけじゃねぇが、甘い汁だけを吸いたいと近寄ってくる輩が多すぎて難儀してるもんでな」

「ご心配はごもっともです。ですが、これを聞けば首を縦に振らずにはいられないでしょう」


 わざとらしく咳払いをし、早速疑似餌を仕掛けた。


「誰からも怪しまれず、諸外国へと超越草を運び出す密輸ルートを確保することができるとしたら、これほどの旨味のある儲け話はそうそうないと思いませんか?」

「おいおい無茶言うな。貿易商のお前なら言わずもがなだろうが、超越草は近隣諸国の殆どが禁止薬物に指定しているんだぞ」

「ええ、まさに言わずもがなですね」

「なら何を根拠にそのような実現不可能な提案を持ちかける。船に積めば港の税関、陸から運べば国境での税関で即座に持ち込もうとするブツが晒されるからこそ、現状国内でのみ流通しているんだぞ。それもの根回しがあってこその話だ」


 オルドリッチが忌々しげに語る人間が一体誰を指すのか――暗部を白日の下に晒すことが最優先だが、先ずは何よりエルドリッチの信用を勝ち取ることが最重要だった。


「超越草は乾燥させて使用するだけが全てではありません」


 無悪がオルドリッチに授けた知恵は、大麻ワックスの精製法だった。抽出過程で得られるワックスは、幻覚作用を引き起こす成分が乾燥大麻とは比較にならないほど高濃度に凝縮され、その分効果も段違いに強力で長続きすることは日本でとっくに検証済みである。


 その代償に依存性も遥かに高くなるのだが知ったことではない。


 国内外問わず、徐々に浸透しつつある大麻ワックスが反社会的勢力にもたらす利益ブラックマネーは馬鹿にできない額である。


 日本とこの世界で大きく異なるのは、大麻ワックスというものが未だこの世界に存在しない精製方法だということ。監視の目を掻い潜ることも今なら容易だと告げると、踊り子もそっちのけで食い入るように耳を傾けていた。


「その精製方法とやらはどうやって行うのだ」

「それを教えるわけには参りません。我が社が極秘裏に開発した手法ですので。ですが、密売ルートさえ確立してしまえばオルドリッチ様の仰るの庇護下から離れられるのではないでしょうか」


 ――オルドリッチノ心は確実二揺れ動いている。畳み掛けるなら今しかない。


「現状は国内でちまちまと小銭を稼ぐしかないでしょうが、今後はその必要もなくなるのです。海外に販路を広げれば利益の桁はゼロが二つ――いえ、三つは変わると約束しましょう。如何です? そろそろ親の庇護下から飛び立ってみては」


 無悪はオルドリッチが抱えている最大の悩みのタネを見抜いていた。

 いくら超越草を売り捌こうが、それは黒幕の胸先三寸で状況が大きく傾いてしまうということを。


 誰かに縛られる生き方を否定しているくせに、自らの首には飼い犬を証明する首輪が巻かれている状況を快く思うわけがない。だからこそ、そこにつけ入る隙がある。


「確かに万事順調にいけば多額の『寄付』をせずにすむが……。しかし手を切るのはいらぬ怒りを買うことにも繋がるではないか」

「その時は国外に拠点を移すのも一つでしょう。その際には僭越ながら私がお手伝いをさせていただきす。それと、アキツ組と付き合いがあったこれまでの情報ネタを高値で買いそうな人間に売ってしまえばいいのです。それほどまでに影響力のある御方であれば、蹴落としてやりたいと恨みを募らせている政敵もわんさかいるはずでしょうから」 


 仕掛けは上々――あとは食いつくだけだけだと目尻を細めて答えを待つ。


「……アルタナさん。さっきは立派な裏稼業だと言ったが撤回させてもらうぜ。あんたは裏も表も頂点テッペンを狙える才がある」

「過分な評価恐れ入ります。それでは二人の出会いとこれからの成功を祝して、気が早いですが前祝いでも行いましょう」


 互いに握手を交わす。

 完璧に信用を勝ち得たと悟った瞬間だった。

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