18

 本格的な訓練を前に、妖精姫はある提案を持ちかけてきた。


「これからサカナシさんが有する魔素マナの総量を測ります」

「おい待て。俺はそもそも異世界の人間だ。その魔素とやらが体ん中にあるはずもないだろう」

「いえ、命あるものは必ず魔素を秘めているんです。昆虫も動物も植物であっても、例え異世界人であっても全くのゼロということはないのです。サカナシさんの体から溢れている魔素の量には眼を見張るものがありますが、この〝遠見の水晶〟を使用すれば体内に有する総量を調べることが出来ます」


 水晶には身体能力や内に秘めた潜在能力をも数値化して投影されるようで、主にギルドで初めて冒険者の登録証ライセンスを発行する者や、上位ランクの昇級試験を受ける際に基準値に達しているかどうかを調べたりする際に用いられると説明を受けた。


 妖精姫の話に半信半疑だった無悪は、試しにガランドを呼び寄せ試させてみたが水晶玉には確かに身体能力を示す数値と魔素の量が映し出されていた。


 その全てが低水準かつ、『身体に欠損あり』と身体に抱える障害までも記されていたことには驚かされた。

 一緒に覗いていたアイリスにもやってみろと勧めてみたが、自分はいいと首を振って断られたので仕方なく続いて無悪が両手をかざしたのだが――。


「えっ、そんなはずは……」

「どうしたんだ。そんなに驚いて」


 翠の瞳が水晶玉に映し出された数値に釘付けになっていた。


「いえ、その……こんなことは初めてなんですが、遠見の水晶に不具合が生じたみたいでサカナシさんの数値のみ誤作動エラーの表示が出たんです」


 長年ギルドマスターを勤めていた妖精姫

も初の事態に困惑し、溜息をつきながら愚痴を漏らした。


「これでは肝心な職業も選べないですし、最適な訓練メニューの計画も立てられませんよ……。こうなったらやるべきことは唯一つ――どんな状況下でも十全の力が発揮できるよう、ありとあらゆる戦闘パターンをサカナシさんに叩き込みます。遠見の水晶ですら把握できない魔素マナを使いこなすためには、それ相応の特訓を積んでもらなくてはなりませんがらしばらくはボロボロになる日々が続くことを覚悟しておいてください」



        ✽✽✽



「ぎゃあああああああっ」

「見たところ、お前は拳闘士グラップラーだろ。最大の武器となる利き手の拳が二度と使えないとなれば、さすがに裏稼業も廃業せざるを得ないな」


 言われた通り解放してやった拳は、粉砕骨折しいびつな形へと変形していた。


「ジジイ……こんなことしてただで済むと思ってんのか!」

「お前こそ理解してんのかよ」

「な、なにを言ってんだ」


 拳を潰された男は、不安と苦痛に歪む顔に向かって答える。


「見ず知らずの人間にしつこく絡んだ末、使い物にならなくなるほどの大怪我を負わされる。俺ならそんな使えない連中は即座に破門するがな。お前達が宣っていたようにアキツ組が誰からも恐れられている集団であれば、なおさらお荷物は切り捨てると思うが」

「そ、それは……」

「おいおい、アキツ組の一員が堅気に遊ばれてどうすんだよ」


 静観を決め込んでいた仲間の声は、隠しようがないほどに上ずっていた。


「わ、わりい……だけどこのジジイ……普通じゃねぇよ」

「もういい、俺が代わりに殺る」


 そう言うと替わった男は、鞘から刃渡り二〇センチ程度の湾曲したナイフを取り出した。


 刺すには不向きな形状――だとすると傷をつけること自体が目的か。少々厄介な代物に違いない。


「ふん。毒か」

「なんだ、もうわかったのか。正規の販売経路では危険すぎて出回らない毒怪鳥バジリスクの猛毒が仕込まれた曲刀さ。一掠りでもすれば全身に神経毒が回って大鬼ですら即死する。快進撃もどうやらここまでのようだな」

「貴様ら塵屑ゴミクズは前口上ばかり達者でかなわん。いいからさっさと攻撃してこいよ」

「ちっ……吐いた唾は飲み込めねぇぞ!」


 どれだけ殺傷能力の高い獲物であっても、使い手が塵屑なら武器もまた恐れるに足らない。やたらめったら振りかぶるきっさきをギリギリで躱し、鳩尾に体重を乗せた前蹴りを蹴り込みと外壁に後頭部を打ち付け意識を失った。


「逃げるんだったら、とっととこの街から出てったほうがいいぞ。追手はいつだってしつこいのが相場だと決まってるからな」


 無悪に返討ちにされた二人組は這々の体で逃げ出し、その場には私刑リンチを受けていた男が一人、呆然と無悪を眺めていた。


 期せずして転がり込んできた切り札――将棋で例えれば飛車角をタダで手に入れたうえに相手陣地で竜馬に成ったような幸運に、手を差し伸べた無悪はにんまりと口角を釣り上げた。

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