17

「お前ら。弱いもの虐めはそこまでにしとけ」


 背後から声を掛けると、暴行を加えていた男たちは邪魔されたことに苛立ちながら振り返った。


「何だよオッサン。弱いもの虐めって、まさか俺らのこと言ってんのか? あのなぁ、俺らを誰だと思ってやがる。どんなワルだってその名を聞けば震えて逃げる天下のアキツ組だぞ。聞かなかったことにしてやるからさっさと失せろ」

「ふん。所詮虎の威を借る狐か。いや……この世界でも伝わるように変換すれば、『大鬼オーガの肩に乗る子鬼ゴブリン』か。いちいち代紋をかざさないと喧嘩ゴロも巻けないただの雑魚が粋がるなよ」


 この世界における相手への侮蔑を表すことわざを伝えると、リーダー格だと思われる男はわかりやすく顔面を怒張させて詰め寄り、無悪の胸ぐらを掴んできた。

 その手を振り払うとたたらを踏んで後退る。


「こ、このヤロウ。オイッ、このジジイ殺っちまうぞ」

「待てよ、流石に無関係の人間も含めて、ここで二人もバラすのは不味いだろ」

「うるせぇ! このジジイはアキツ組をコケにしたんだぞ。この街でなにしようがどうせ目を瞑ってもらえんだからよ、今更一人二人殺ったところで変りやしねぇだろ」


 ――コケにしたのは組ではなくてお前なんだがな。


 内心で突っ込んだが、敢えて口にはしない。こういった人種タイプは、自らが属する組織の権力を自分の力だと履き違えるきらいがある。そして自らに向けられた批判を組織に対するものだと拡大解釈をしがちだ。


 立場的に下に位置する男は乗り気ではないようだが、渋々といった様子で前に出てくるとメリケンサックに似た形状の武器を指にはめ、哀れむような口調で語りかけてきた。


「あんたも馬鹿だな。見て見ぬ振りをしていればよかったってのによ。余計な正義心は身を滅ぼすだけだってことをせいぜいあの世で悔やむんだな」

「いいからさっさと来い。それとも口喧嘩がご所望なのか」

「そのすかした態度が、いつまで保つかな」


 ファイティングポーズを取ると地を蹴り間合いを詰めてきた。その速度はさながら猪のような突進だったが、妖精姫の苛烈な特訓を振り返れば大したことはない。


「なるほど、魔素マナを推進力に変換しているようだな」

「おいおい、余所見してるとすぐに死んじまうぞ」


 何度も睡魔に襲われながら頭に叩き込んだ内容を反芻はんすうした。この世界には様々な職業ジョブが存在し、それぞれに独自の戦闘スタイルや個性があることを。


 前衛の職業であれば敵の攻撃から味方を守り、積極的に近接攻撃を仕掛ける。後衛であれば遠距離攻撃で攻撃をサポートしつつ、味方全体を回復魔法で癒す職業など、まるでガキが興じるゲームのように役割が定められているときたもんだ。


 ここで問題なのは、素早さが売りの盗賊シーフが仲間の盾となり一切の攻撃を防ぐタンク役が務まるはずもないように、苦手とする能力を要する職業を選択したとしても成長は望めないということだ。


 持って生まれた血筋や先天的な身体能力に左右される職業選択の中で、特に異質なものは「勇者」や「賢者」といった固有職業。これらは異世界から召喚されたものや、一握りの天才と称される傑物けつぶつが呼ばれるという。

 

 連続で繰り出される左ジャブを、軌道を読んで全て被弾せずにかわす。

 ただの一発も当たらない事態に男の顔色から余裕の笑みが消え、すぐに勝負を決めようと焦り放たれた直線的なパンチをなんなく受け止めてみせると心底驚いたのか男の黒目は驚愕に揺れていた。


「この程度の実力で一端のワル気取りかよ。アキツ組もたかが知れてるな」

「くそったれが……離しやがれっ」


 言葉とは裏腹に男の語気は弱々しかった。それもそうだ、日本にいた頃は世界でも五名しか扱えないとされるハンドクリップを、非公式ながら無悪は握りつぶすことが出来た。


 必要とする握力は166キロ――。

 今では魔素の制御コントロールによってさらに強化されている。心が折れるのも無理はない。


「そんなに離してほしいのか、なら離してやろう」


 僅かな希望の色が浮かんだ顔が、次の瞬間な凍りつく。


「二度と利き手を使えない程度に粉々に粉砕してやったらな」

「……は? おい、やめ、」


 瞬きよりも短い時間の過集中オーバーコンセントレーション――魔素を一極に集中させ、人間の限界を遥かに超えた膂力りょりょくをもって握りしめるとビスケットを砕くような音とともに、尋常ではない叫び声が路地裏にこだました。 



 

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