10
太陽が沈んで数時間後――星が散りばめられた満天の夜空の下、海竜船は漆黒の海原を予定どおりに航行していた。
獅子連隊のガキどもは日中の船酔いで性も根も尽きたのか、ぐっすりと眠りに落ちている。アイリスも彼等を看病しながら、ともに寝息を立てて寝ていた。
眠気も訪れず、暇を持て余していた無悪は隣に腰掛ける。それに気がついたミトスはあからさまに眉をひそめると、拳一つ分距離を開けて一人の時間を邪魔するなどでも言うように口を開いた。
「まだ寝てなかったのかよ。明日のために体力は温存しといたほうが良いって、あれほど親切に伝えてやったってのに」
「お前、動物やモンスターの言葉がわかるのか?」
何度も似たような質問を受けてきたのだろう。鼻を鳴らしてそっぽを向くと、つまらなそうに語った。
「そうだよ。陸の人間からすれば信じらんないよな」
「つまり、本当というわけか」
「ウチの家系はな、じいちゃんのそのまたじいちゃんの代から海竜船の船長を継いできたんだ。なかでも俺はご先祖様の誰よりも素質があったみたいで、海に住む生き物の声を感じ取る能力に秀でているんだよ。だから体が小さくても凶暴な海竜を手懐けることができるし、事故一つなく航海を続けてこれた」
「なるほどな。だが、ご自慢の特殊能力も人間相手にはまるで役に立たないみたいだな」
「……人間なんて面倒なだけだ。海に住む生き物は、その点楽でいいぞ。嘘もなければ裏切りもない」
皮肉交じりに言い放った無悪は、腰を浮かせて立ち去ろうとした〝女〟のように細い手首を掴んで立ち止まらせる。
「何すんだよ」
「まあ座れよ。それともなんだ、俺と二人きりでいると、女であることを意識しちまうか?」
その一言に、ミトスの体が強張るのを肌で感じ取った。
「な、何言ってんだよアンタ。言うに事欠いて、この俺様が女だと?」
「別に隠さなくてもいい。脅してどうこうしようとも考えてはいない。そもそも、初めて会ったときから薄々感づいていた。威厳を出そうと無理して低く押さえている声も、自分を大きく見せようと横柄な態度を取るのも、体の輪郭を晒さない為に胸を押し潰していることも、全部女であることを隠してるからだろ」
疑念はミトスの首を掴んだときに確信へと変わった。一目見て目立たない喉仏だとは思っていたが、男である以上は目立たないとはいえ、触れれば突起物の存在に嫌でも気がつく。だが、ミトスのそれは随分となだらかで、男の特徴的な喉とは別物だった。
かつてのアイリスのように、何故女であることを隠して男を装う必要が有るのか――それとなくミトスの目を盗んで、出港するまでの間に関係者に聞いて回った結果、判明したことがある。
それは、代々続いてきた海竜船の船長を継げるのは、〝オトコ〟だけだということ。副船長のノーマン以外はミトスが女性であることを知らず、ヴィルムで別れたユースタスも幼い頃からミトスを〝男〟だと認識している。
「まさか……ユースタスに俺が女であることをバラしてないよな」
「ああ。悲しいかな、微塵も気づいている素振りは見せなていないがな」
「それはそれでムカつくな。まあいいや、バレちまったんなら仕方ねえ。俺とユースタスはガキの頃に約束したんだよ」
性別がバレたミトスは、観念したかのようにその場に腰を下ろすと、弱々しい声で呟いた。
「アイツとはガキの頃から、四六時中一緒に馬鹿なことをして遊び回ってたんだよ。兄弟がいなかった俺は親父の言いつけで男装姿だったし、男言葉を使うように言いつけられていたから、まさか俺が女だとは思ってもなかっただろうな。何をするにも隣にはあいつがいて、いつか一緒に海竜船に乗ろうって約束したんだ。まあ、すっかり記憶から消え去っていたようだけどな。その八つ当たりでアンタ達には失礼なことをした。申し訳ない」
正面を向いて頭を下げたミトスは、先に寝ると告げると自室へと戻ろうと船首から飛び降りた。
「欲しいものは、待ってるだけじゃ手に入らないぞ」
「え?」
「欲しい物があれば、待ちの姿勢じゃなくて自分から奪いに行くぐらいの気概を持てよ。お前、あのボンクラのことが好きなんだろうが」
「はあっ!? な、何言ってんだよ……そ、そそそんなわけあるかってんだ!」
光源は星の光だけ。それでもはっきりとわかるほど顔を赤く染め上げたミトスは、足早に去っていった。
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