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「あんたが強いことは理解していたつもりだが……流石にバジリスクを二撃で倒すのは
「あの鬱陶しい眼球さえ潰してしまえば、図体ばかりデカいだけの雑魚に過ぎない」
食事を一向にやめようとしないポチの首根っこを掴んで持ち上げると、未だ食べ足りないと身をよじって抵抗を見せた。
どうやらポチはモンスターの血肉を経口摂取することで
エサとする|モンスターが強敵であればあるほど魔素の含有量は多く、質も高い。最も効率よく接種出来るのは魔石であることは言わずもがな。
つまり――魔石を食べれば食べるほどポチは伝説の神狼に近づくというわけだが、だからといって雑魚の魔石をいくら食べても腹は膨れないらしく、手放すと地面に着地して鼻頭から屍体に突っ込んだ。
食事を再開する姿は、神狼というよりハイエナにしか見えない。
「というか、その犬はなんなんだ? バジリスクの肉は人間どころかモンスターでさえ口にしない不味さで有名なんだぞ」
「ああ、そういえばお前達は知らなかったか。ポチはこう見えて
「へえ、そうなのか……は? この、コロコロした犬が伝説の神狼だって? 冗談キツイぞ――冗談だろ?」
「あ、あああの伝説の神獣⁉」
三つ首竜の面々は声を出せないザインを含めて絶句していた。
「おじさん。この子に触ってもいい?」
「俺も触りたい!」
「お、おい、お前ら。相手は小さくても神狼なんだぞ」
ガキの方がまだ順応性があるようで、獅子連隊のリーダーであるマルコの制止を振り切り、
無悪の回復弾で幾らか顔色が回復した少女――
「ギャンギャン煩いんだよ。次に俺のことを年寄り扱いしたら承知しないぞ」
「やったー!」
エサを前に「待て」を解かれた犬のように駆け出すと、ポチは背後から抱きかかえられて目を白黒させていた。ガキに懐かれるのは初めての経験で、初めは嫌がる素振りを見せていたが、それもすぐに慣れると血生臭いはずの舌でガキどもの顔を舐めてはしゃいでいた。
「サカナシさん。頭部は弾け飛んでしまいましたけど、バジリスクの素材は高く売れるので持ち帰りましょう」
「ああ、そうだな」
マジックポーチの中に吸い込まれていく巨体を見送ったマルコは、改めて無悪に頭を下げた。
「本当に助かりました。もし運良く街道で出会さなければ――間違いなく俺達は全滅していたに違いないです。それに、モニカを救ってくれたことは一生恩に着ます。あいつは、俺の妹なんですよ」
✽✽✽
モニカはマルコの二つ年下の妹で、今年で十二歳になるという。ルキナとソーマはマルコと幼馴染みで十四歳――。徒党結成当初はモニカを除いた三人で、故郷の寒村付近を住処とする
その程度の
しかし――才能はあっても戦闘の経験値は圧倒的に足りず、無悪と邂逅する少し前に対峙していたレッドマンティス相手に、有効打を与えられずジリ貧に陥っていたところ、危うく一刀両断にされかかった兄を救うためにモニカが身を挺して庇った結果、肩から背中にかけて深手を負ってしまった。
獅子連隊の
実はあの蟷螂野郎も到底敵わない相手から、必死に逃げていたらしい。
本来は人里離れた僻地の森林や、洞窟の中を住処としているバジリスクが一般人も利用する街道沿いに姿を見せることは殆どないと言っていい。
命からがら助かった獅子連隊は、一頻りポチと戯れるとぬいぐるみを抱くように抱えながら近寄ってきた。
「サカナシさんたちは何処に向かっているの?」
「あー君達。その人と話さないほうが身の為だよ」
ユースタスが意趣返しのつもりか、話しかけてきたルキナに俺の悪評を伝えるも返答は辛辣だった。
「少なくとも命の恩人であることに変わりないけど? ていうか、腰が引けていた人に説得力ないし」
「そうそう。『な、なんでこんなところにバジリスクがいるんだ!?』って目を見開いて驚いていたよね」
「あの、コイツら悪気はないんで許して下さい。ただ正直すぎるんです」
「お兄ちゃん……それ、フォローになってないよ」
「な、なんて失礼な子供達だっ!」
銀級冒険者の恥晒しだな――鼻で笑ってやり取りを眺めていると、いつの間にか馬車から降りていたモニカがスーツの袖を引っ張り、何処へ向かうのか尋ねてきた。
「俺とアイリスは、この先の港町ヴィルムから崩海域を渡ってセルヴィスを目指してる。お前達は何処へ向かっていたんだ」
「お兄ちゃんも……ヴィルムを目指してるって口にしていた。船に乗って遠くに行くんだって」
全く物怖じせずに見上げてくる瞳に、無悪は不思議な魅力を感じずにはいられなかった。無論、下卑た欲情などではなく――十二歳という年齢にはそぐわない落ち着き払った感情が隠れしているように思えた。
まるで、巨木のように揺るがない確固たる意思と、風一つない凪の海原を連想させるような――仙人じみた瞳から先に視線を逸したのは無悪だった。
目つきが気にいらない。歩きかたが気にいらない。顔が気に入らない――喧嘩を吹っ掛けたい相手にぶつける因縁を生み出すことに関して天才の不良やチンピラ相手に、生涯を通して一度たりともガンの飛ばしあいで臆したことがない自分が、だ。
「良かったら……私達をヴィルムまで乗せてはくれませんか?」
「サカナシさん。ここで別れるのも可哀想ですし、一緒に乗せてあげましょうよ」
モニカの一言に乗っかったアイリスは、小さな妹でもできたかのように抱き竦めていた。他のガキどもも無悪の返事を固唾を飲んで待っている。
「……仕方ない。特別に乗せてやる」
予期せぬ出会いを果たした獅子連隊を乗せ、馬車は再び森林地帯を抜けた先にあるヴィルムを目指し駆け抜けた。
✽✽✽
「ったくよ。捕獲した商品を逃がしたなんて失態をボスに知られたら、雷を落とされるどころじゃすまないぞ」
「だから、消し炭にされないためにもこうして汗水流して探してるんじゃない……あら? これって逃げ出したバジリスクの鱗じゃない」
無悪達を乗せた馬車が過ぎ去って数刻経った頃――漆黒のローブを身に纏った二人組の男女が、先の戦闘の跡を残す街道に辿り着いた。
派手に倒れた倒木や抉れた地面に紛れて、落ちていたバジリスクの鱗を一枚発見すると拾い上げ、しげしげ観察をする。
「……まさか、何処かの冒険者がバジリスクを倒したのかしら? 本来生息域でもない平和ボケした森林地帯で、石化に即死対策もなしでバジリスクを倒せるようなランクの冒険者が、偶々この辺りを通るとは思えないけれど」
「そりゃあお前。必死に俺達から逃げていて、そん時に鱗が剥がれ落ちただけなんじゃないか?」
「これだけ血液が飛び散っているのに? それに足跡だって複数確認できるけど」
そう言うと、女は袖の中に拾った鱗をしまい入れて踵を返す。
「おい。どこ行くんだよ」
「バジリスクが魔素感知でも見つからないのよ。恐らくは、もう生きてはないでしょうね。きっとマジックポーチにでも収納されてるに違いないわよ」
「それじゃあ……俺達の罰は確定?」
「そうならないためにも、次の仕事は死ぬ気で成功させないといけないわね」
女は馬車が残した
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