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 時折襲いかかってくる雑魚モンスターは三つ首竜に任せ、大きなトラブルもなく馬車での旅は欠伸が出るほど順調に進んでいたかに思えたが――やはりというべきか、災難トラブルは向こうからやって来た。


 鬱蒼と緑生い茂る森林地帯を横断する街道を駆けていたところ、草むらから突如姿を現した複数の影に馬は驚いて脚を止め、立ち塞がった傷だらけの冒険者が声を掛けてきた。


「あ、あんたたちっ、今すぐここから引き返したほうがいいぞ」

「なんだ、貴様らは」

「オレはマルコってんだ。『獅子連隊ビースターズ』って徒党パーティーでリーダーを任されてる。って、今はそんな悠長に話をしてる場合じゃないんだって! モンスターに追われてるんだよっ」


 肩で息をして満身創痍の様子を見せる四人は、見たところ安価な革製の装備しか揃えられない駆け出しの面子で構成された徒党パーティーだった。


 全員が全員、日本でいう義務教育課程の真っ只にいてもおかしくない外見のガキどもの集まりで、それ自体はこの世界で特に珍しくもない光景である。


 英雄に憧れる者――名声を求める者――冒険者を志す動機は欲の数ほどあれど、貧困家庭に育った子供ガキは切実な理由を抱えて剣を握っていることがほとんどだった。


「生まれ」や「育ち」というバックボーンと関係なく立身出世を望むには、冒険者という職業を除いて他にない。しかし、当然リターンを求めるのであれば相応のリスクが生じるのは自然なことで、リーダーを名乗るマルコとやらが背負っていた少女は、背中にぐったりともたれて意識は朦朧もうろうとしているようだった。


 だらりと垂れ下がった指先から滴り落ちる血の跡が、決して軽くはない傷を負っていることを物語っている。


「ウ〜ッ」

「ポチ? どうしたの?」


 アイリスの膝の上で丸まって寝ていたポチは、耳を立てて顔を上げると馬車の外に視線を向け、牙を剥いて唸り声を上げた。


 同時に、森の木々が風もないのに揺れだすと、太い幹の木が街道を塞ぐように倒れた。御者の悲鳴が轟くと、一体のカマキリに似たモンスターが街道に姿を現す。


 インド象を遥かに凌ぐ大きさのモンスターは、真っ赤に染まるはねを広げながらキチキチと牙を鳴らして行手を阻んでいる。


赤翅蟷螂レッドマンティスか……。確かに駆け出しの冒険者には荷が重いな」


 馬車から飛び降りたユースタスは、腰に携えていたレイピアを鞘から抜刀するとガキどもの前に立ち、襲いかかるカマから身を挺して守った。


 赤翅蟷螂は森林地帯でよく見かける昆虫型モンスターであり、初心者の徒党にとっては攻略が難しい難敵であるが、経験を積んだ中級冒険者にとってはさほど脅威にはならない。


 故に赤翅蟷螂を一人で討伐することができて、初めて脱初心者と言える基準に達するとも言われている。


「ユースタス。まさか俺の力が必要とは言わないよな」

「馬鹿言え、誰があんたの力なんて借りるか。この程度俺一人で充分だ」


 挑発するように声をかけると、不機嫌そうに答えて武器を構えなおすユースタスにマルコは声を張り上げた。


「違う……。俺達を追ってきているのはそいつだけじゃない!」


 マルコの叫び声と同時に、眼の前の赤翅蟷螂の体が突然石化すると次の瞬間に粉々に砕け散った。

 

「グオオオオオオッ」

「なっ、なんでこんなところにバジリスクがいるんだ!?」

「俺達はそいつに追われてたんだよ! 本来ならこんな森にいるような危険度のモンスターじゃないってのに」

 

 左右異なる動きを見せる両眼はカメレオンそのもの。無悪一同を感情を感じさせない視線で観察し、赤翅蟷螂を砕いた長い舌が鞭のように地面を叩くと亀裂が走った。


 その行動を見たロンドレットは巨体を揺らしながら馬車を飛び降りると、背負っていた大槌ハンマーで地面を叩き割って即席の土壁を作り出す。


「み、みみみんな! 石化魔法のはは発動合図だよ。かか隠れて!」


 慌てふためく御者とガキどもを避難させると、アイリスが呼びかけてきた。



「サカナシさん。どうしますか?」


 流石に七大悪魔のうち二人と対峙したアイリスは、三つ首竜のように予期せぬ事態に醜態を晒すことはなかった。

 バジリスクはカメレオンに似た容姿から想像できないが、縦横無尽に動く瞳からは対象の身動きを封じる石化魔法や、確率は低いが即死魔法を放つ強敵であることを知らない冒険者はいない。


「クソっ、対策もなしにバジリスク相手は無謀だ」

「だだだけど、逃げきるのは、むむ無理だよ」


 ヴェルムに到着するまでの間に起こる揉め事は、全て三つ首竜に任せようと決めていた。たが、そうもいかない事態に陥った無悪はグロックを腰から引き抜くと、バジリスクの眼球目掛て発砲した。


「ったく。静観していようと決めていたが、まるで見てられないな」


 今にも魔法を放とうとしている眼球が風船のよう破裂すると、痛覚があるのか定かではないが視界を失くしたバジリスクは、鞭のようにしなる舌を振り回して周囲に甚大な被害を及ぼしながら暴れ回った。


「爬虫類風情が図に乗るな」


 再び引鉄を絞ると、バジリスクの頭部は柘榴ざくろのように弾け飛んで十数メートルにも及ぶ血飛沫を上げながら横に倒れた。


「……へ? もう倒したのか?」

「嘘だろ。熟練の冒険者が複数人いてやっと倒せるモンスターだぞ」

「もしかして……魔王?」


 救ってやったガキどもは各々好き勝手な感想を口にして、呆然とバジリスクの亡骸を眺めていた。


 ポチはポチで「待ってました」と言わんばかりに、息絶えたバジリスクの屍肉に貪りついて口の周りを紫色の血で染めると、上機嫌に「ワンッ!」と喝采を上げた。



 

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