16

 ライオネルは余すことなく自らの計画――野望を口にした。


「私はね。取るに足らない旅館を全て駆逐したのち、このサラマンドルの地に全国に名を轟かせる一大温泉施設を築くことが夢なんだよ」

「街全体を手中に収めるつもりか?」

「勿論。そのためには広大な土地が必要になるのはわかるよね。だけどどの旅館の経営者も土地を渡すよう交渉しても、口を開けば自慢にもならない歴史やプライドを振りかざしてね。最初は妥当な金を積んで交渉を図ろうとしたんだが首を縦に振るものは一人としていなかった。そこで私は計画を進めるために、遠回りにはなるがユンゲルに提案された手段を取ることにしたんだよ」


 ここでユンゲルが関与することに無悪の食指がピクリと反応を示した。

 どうもライオネルが大きな決断を図る際に、怪しげな事業再生アドバイザーとやらが背後から方針を決定しているようだ。


「ふん。各旅館を借金漬けにして土地を抵当に入れさせた原因は腹いせか」


 鼻を鳴らし指摘すると、悪びれもせず答えたのは当のユンゲルだった。


「私めは貸金業も営んでおりますゆえ、この恵まれた湯量と泉質のサラマンドルで、あぐらをかいて経営をなさっておられる三流以下の旅館を一軒一軒回り、低金利の融資を紹介したんですよ。なかなか骨の折れる仕事でしたが皆さん目の色を変えて飛びついてくれました」

「ちなみに貸し付けた金がちゃんと返済される見込みがないとわかった上で、ユンゲルには惜しみなく貸付を続けさせた。普通であれば返済不可能と判断されて融資を断られるような馬鹿な連中相手にもな」

「なるほどな。手っ取り早く買収すればいいものを、わざわざ絶望の底に叩き落してから全てを奪い取ってやろうという魂胆か。なかなか良い趣味してるじゃねぇか」


 まるでヤクザのような執拗さに舌を巻く。ライオネルがここまで全てをつまびらかに伝えるとはつまり、そもそも無悪等など眼中にないかもしくは口を封じる事を前提に伝えているのかのどちらかでしかないが、話に聞いた用意周到さと標的を追い込む姿勢から前者であることは考えにくかった。


「社長と手を組むことで私はをいただき、抵当に入った土地や旅館全てを手に入れた社長は晴れて計画を実行に移すことができます。おわかりになりますか? 欲望とは人間が持つ最大の魅力なのです。欲望を剥き出しにして他人を地獄の底に突き落とすことができる方こそが美しい魂の色を輝かせるのです」


 次第に熱を帯びていく口調と、恍惚の笑みを浮かべるユンゲルに変化が生じる。

 真紅の瞳、限界を超えて吊り上がる口角、太く鋭い牙に山羊のような鋭く尖った二本の角、人間の姿を残しつつ、仮装にしては随分と禍々しい変貌ぶりに無悪は纏わりつく殺気に、くびり殺されそうな錯覚を覚えた。


「な、なんだ、ユンゲル……その姿は」


 腰を抜かして歯の根が合わないライオネルは、化け物と化した理解者パートナーから距離を取ろうと後退る。


「ああ、そういえば言い忘れていましたね。私は七大魔族の一人、〝強欲〟を司るマモンです」

「な、七大魔族? マモンだと?」


 ライオネルの呆けた声に、愉快そうに化物は嗤った。


「少しそそのかしただけで出世欲に溺れる姿は、暇潰し程度には愉快でしたよ。とは言っても貴方程度の人間から得られる魂の質などたかが知れてますし、そろそろを支払っていただくとしましょうか」


 無悪とアイリスを無視するユンゲル――改めマモンは、手のひらをかざすと嘔吐をするように苦しみだしたライオネルの口から出てきた仄暗い輝きを放つナニかを、捕まえるとそのまま口の中に放り込んで咀嚼をし飲み込んでしまった。


「う〜ん……期待はしてませんでしたが、やはり薄味でしたね。顕現したばかりなので最初の食事はこのくらいで良しとしましょうか。さて、お待たせしました」

「貴様、一体何をした」

「何と言われても、魂をパクっと頂いだけですよ? 昔から悪魔と契約した人間は非業の死を遂げると言われてるじゃないですか」


 振り返ったマモンから発せられる圧力プレッシャーは、ピニャルナ山でイシイが不完全ながらも顕現させた蝿皇ベルゼヴルと等しいか、さらに上回っているのではと無悪は想定した。


 足元では白目を剝いて生気を無くしているライオネルが突っ伏している。何体もの遺体を見てきたからわかる――外傷はなくとも明らかに絶命をしていることを。


 頭の中では危機を訴える警報アラームが最大音量で鳴り響き、隣のアイリスに視線を送ると意図を理解したアイリスは素早く詠唱を唱え退魔魔法を放った。


「歪み湾曲する世界に彼の者を永久とこしえに閉じ込めろ――『虚空の玉手箱ペルソナワールド』」

「おお、忌まわしき妖精王の拘束魔法ではないですか。これは私ピンチですね」


 不敵な笑みを浮かべ続けるマモンの周囲を隔絶した空間に対象を閉じ込める黒い霧が完全に覆い尽くそうとして瞬間――片手を軽く振り払っただけでアイリスの退魔魔法がいとも簡単に無効化されてしまった。


「さて、もう少し空腹を満たしておきたいので貴方がたの魂を頂くことにしましょう。その前に、是非とも美しい魂の輝きを見せてください――『咎の証明フェアダムニス』」


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る