7
「なあ、どうして女であることを隠していたんだ」
大浴場で気を失い、布団の上で目覚めた僕は生きている心地がしなかった。
予期せぬ形で女性であることがバレてしまい、とうとうサカナシさんにこれまで性別を明かさなかった理由を尋ねられ困り果てていた。
「えっと……それは……」
真相を黙っていたことを怒っているのだろうか――指輪を弄りながら口籠っている間も、夕食を前に頼んだお酒を徳利からお猪口になみなみ注ぎいれては飲み干し、追加を頼んでいる。
「その理由を説明する前に、僕の出自について話さなければなりません」
誰にも語ったことのない過去を、僕は初めて口にする――。
✽✽✽
僕が産まれた直後に両親が亡くなったと聞かされたのは、六歳になった年のことだった。生後まもなく
本当の両親がいると聞かされても顔を覚えているわけでもなかったし、なんの感慨も湧いてこない。情に薄いと言われたらそれまでだけど、思い出の一つもないのだから仕方ない。
それに、おじさんに十分な愛情を注いで貰っていたのでなんの不満もなかった。
だけど一点――口煩いなと思うところはあった。
「アイリスよ、何度も言ってるだろ。自分のことは『僕』と言うんだ」
「なんでなの? 私は女よ。どうして男の子の真似なんてしなくちゃならないの」
「いいから言うことを聞きなさい。これからは自分のことを男だと思って生活するんだ」
どういったわけか、物心つく前から一人称を男の子のように変えるようしつこく矯正をされていたのだ。
格好はズボンにシャツ。エペ村にいた同世代の女の子達は皆女の子らしい会話をしているというのに、僕は
それからは二度と怒られないよう、言動に気をつけているうちに自然と女の子らしさは消えていった。
数年経ったある日――ふと亡くなった両親について気になった僕は、軽い気持ちで断られるだろうと思いながら尋ねると、それまで詳細な話を語ろうとしなかったおじさんは「そろそろ伝えねばならないか」と、ぼやきながらついに真相を語った。
「お前の本当の父親はな、グロワール王国の王族だったんだ」
「……へ? 本当のお父さんが、王族? えっと、それはなんの冗談?」
「これは決して冗談などではない。現在の国王であるグライフ王の実弟ガリエロと、王宮に勤めていた一使用人である召使いとの間に産まれたのがアイリス――お前なんだよ」
「ちょっと待って……僕が王族っていうこともにわかに信じられないけど……どうして両親は亡くなったの?」
「正確に言うと既に王族の身分は剥奪されている。それどころか未だにお尋ね者なんだよ。それもこれも……グライフ王の浅慮がきっかけだったんだ」
現在こそ王位に就いて盤石の地位を築いているグライフは、皇太子時代に弟のガリエロと次期国王の座を争っていた。
病に体を蝕まれ余命幾許かもわからぬ先代国王の世継がどちらになるのかは、国民の最大の関心事でもあった。
加えて通常王位を引き継ぐのは代々長男という慣習を、先代国王は二人の子のより相応しい者に引き継がせるという御触れを発表したことで、長兄のグライフは焦りを見せた。
黙っていても国王の椅子に座ることが約束されていたグライフは、努力と研鑽を怠り続けた末に突然
頭脳明晰で人柄も良く、王宮をたびたび抜け出しては
「しかしな、ガリエロは大方の予想を裏切り『自分などに王は務まらない』と自ら後継者争いから辞退を申し出た。彼は生来平和と安寧を重んじる優しい性格でな、兄との争いを避けたかったんだ。それに、あやつは兄を過大評価しておった……会心さえすれば王足りうる器だと本気で信じて、王位を託そうとしたんだが――愚者としか呼べないグライフは弟の意思を侮辱と捉えてしまったのだ」
「……その後はどうなったの?」
「長年騎士団団長を勤めていたワシはガリエロと懇意にしておったんじゃが、グライフが秘密裏に弟の暗殺計画を企てていることを耳にし即座に国外へ逃げようともちかけた。反グライフ派の人間が次々に粛清されておって、ガリエロに刃が突き立てられるのも時間の問題だった。そのときに初めて明かされたのが、使用人の娘との間に子供を身籠ったという話だ」
「その子供が……もしかして僕なの?」
「ああ、そのとおりだ」
当然皇太子と平民の間に子を授けるなど、王族にとってあってはならない大問題となる。しかしガリエロは――父さんは平民で使用人の母さんを深く愛してしまった。そして、気付けば後戻りができない事態となり母シエロのお腹は言い訳ができないほど大きくなってしまった。
一時的に暇を出して人目から遠ざけたものの、耳聡い連中に使用人が王族の子を身籠ったという情報が耳に入ると、グライフはとうとう『親子諸共抹殺せよ』と命令を下した。
ここでグライフに誤算が生じた――出産の予定日よりだいぶ早く僕が生まれたのである。おじさんは少数の部下を引き連れて父さんと母さん、それに生まれたばかりの僕を護衛しながら隣国へ決死の逃亡を試みたのだけれど――手練の暗殺者を含んだ追手に囲まれてしまい、激闘の末に僕を逃がすため、両親はおじさんに僕を託して自らは時間稼ぎの盾となり命を失った。
✽✽✽
「それで僕はこれまで性別を偽る必要があったんです。性別が女であることを知られていたので、おじさんの知恵で少しでも危機を遠ざけるために必要な措置だったんですが、それももう辞めることにしました。僕はありのままでいることに決めたんです」
自分に言い聞かせるようにサカナシさんに答えると、たいして興味もなさそうに「そうか」とだけ頷いてお猪口を傾ける。
窓の外に広がる暗がりに何かを見たように、視線を一点に留めて尋ねてきた。
「昔、エペ村で俺に『王都まで連れて行け』と依頼したのはどうしてだ。わざわざ虎穴に入りにいくようなもんだろ」
「それは……」
「実の両親を奪った仇である国王に、まさか一矢報いる機会でも窺うつもりだったのか? 何日、何ヶ月、何年――そもそも一国の元首を個人で打ち取る確率などゼロに近いというのに」
「それは違います。僕一人でそんなだいそれたことが出来るとも思うほど、思い上がってはいませんよ。ただ……一言でいいから両親を殺めたことを真摯に謝って欲しかったんだと思います」
自分勝手な浅はかな理由で両親を殺害した国王に復讐心がないといえば嘘になる。今この手に国王の生殺与奪の権利が握られているのであれば話は別だけど、命を懸けてまで僕を生かしてくれた父さんと母さんが、自殺に等しい復讐を望むとは到底思えない。
「俺はヤクザである以上、復讐を肯定するし否定もしない。『親』を殺されて黙って指を咥えてるような奴はヤクザの風上にも置けないからな。ただ、お前自身がそう決断するのであれば俺は否定しない。自分の想いを優先しようが、死人の想いを優先しようが、全て生き残ったヤツが自分で決めればいい。ただ、後悔だけはしないことだな」
話し終えたタイミングで襖が開かれ、夕食の準備をしに女将が訪れたことで自然と会話は途切れた。
伸びた髪に手を伸ばして――本当はサカナシさんに気付いてほしかったから髪を伸ばしていた――と告げようとしたけれど、恥ずしくてとても口にはできなかった。
だえど、少しでも想いが伝わったのか、はたまた気まぐれにすぎないのかわからないけれど、「長い髪のほうが似合ってるんじゃねぇか」なんて突然口にするものだから顔から火が出るほど嬉しかった。
その熱さときたら、源泉よりも遥かに熱い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます