異世界極道物語

5

「あの……あなたは魔法使いなんですか？」

　呆然とした様子で殺害現場を目撃していたガキは、突拍子もない事を尋ねてきた。

「魔法使いだと？　なに寝ぼけたこと言ってやがる。俺が拳銃（チャカ）でクズどもを殺（バラ）すのをお前も見ていただろう」

「チャカって、その手に持っている魔法道具（マジックアイテム）のことですか？」

　ガキが拳銃など知らない口ぶりでグロックを指差す。燃えて灰となった手紙に、日本の常識など通用しない世界であると記されていたことを思い出した。

「山賊を目にも留まらぬ早業で二人も死に至らしめるなんて、見たこともない形状ですしよほど高価なモノなんでしょうね」

「さっきから魔法だとか術式だとか、ワケわかんねえこと言ってんじゃねぇ。俺はヤクザだ。そんでこれは人間を殺すことを目的に造られた道具にすぎん」

「ヤクザ、ですか……そのような職業（ジョブ）は聞いたことがありませんが、戦い慣れていらっしゃることだけは肌で感じました。きっと、相当な修羅場を潜り抜けてきたお強い方ということも。人を殺すことに躊躇いがありませんでしたしね」

　なかなかどうして、口煩いがガキのくせに目敏いなと関心をする一方で、無悪の最大の関心は休憩が可能な街が近隣にあるかどうかに移る。

　この世界のことを知る以前に、まずは森を抜け出さないことにはなにも始まらない。野宿など考えられないがガキに街の場所を問いただすと恐ろしい事実を口にした。

「やっぱり変ですよ。最寄りの村までの距離を知らないなんて。一番近い村でも徒歩で三時間はかかるのに」

「三時間だと？　なにか交通手段はないのか」

「そんな都合好く馬車だって訪れませんよ。ここは護衛をつけた行商人も山賊やモンスターを警戒して迂回路を選択するような山道ですし」

「嘘だろ……。本当にないのか」

　無悪の嘆きに首を横に振って追い打ちをかける。

「本当にないんですって。ここは国境付近にあたるんですが、年中隣国同士が小競り合いを起こしてるいわば緩衝地帯なんです」

　ガキの説明では、この辺り一帯に小規模な村が点在していたらしいが、戦禍に巻き込まれたくない住人が故郷を捨てて引っ越すと代わりに、紛争から落ち延びてきた兵士や戦死した兵士から甲冑等の貴金属類を剥ぎ取ったりする山賊が住み始めたという。

　「先程お話したように、この道を三時間ほど南下すると見えてくるエペ村という宿場町以外は存在しないんです」

　そういって指差す先は、当然のことだがアスファルトで舗装もされていなければ、案内標識もない。ただただ上り下りを繰り返す険しい山道が続いていた。

「クソッ、まさかこの無悪斬人に徒歩で三時間も歩けというのか」

　苛立ちを隠せずに煙草を取り出そうとするも、スーツのどこにも見当たらず余計に口がニコチンを求めて苛立った。伊澤に買ってこさせようと口を開きかけたが、当の伊澤も異世界にいやしない。もしも煙草が存在しなかったら――この世界に自分を招いた男にありったけの弾丸をプレゼントしてやりたいほどの殺意を覚えた。

　他に選択肢がないのであれば、エペ村とやらまで向かう他ない。

　舌打ちをしてどこまでも続く山道を歩き始めると、ガキに声をかけられ足を止めた。

　無悪を見る目は、待ってくれと訴えかけていた。

「なんだ、命を救ってやったというのに、まだこの俺に頼みたいことでもあるのか。なかなが業突張（こうつくば）りな奴だな」

「いえ、その……この山賊の方達を弔う作業を手伝ってはいただけないでしょうか」

「なんだと？　そいつらはお前を拐おうとしていた張本人だぞ。自ら裏稼業に身を投じたというのに、死ぬ覚悟もなかったうえに最後に命乞いをしやがった半端もんだ。それだけで万死に値する奴等の死体を、どうしてお前が葬る必要があるんだ」

「何故と言われましても、死んでしまえば人間の魂に貴賤（きせん）などありませんから。例え、僕を捕らえようとしていた悪人の方であってもです」

　そう告げると、並の大人でも嘔吐をしておかしくない損壊具合の死体を前に、ガキは顔色一つ変えずに辺りに散らばった肉片をいそいそと集めだした。

　――こいつもこいつで、相当なイカレ具合だな。

　まともではなさそうなガキの姿に、わずかに興味を抱いた無悪は「一人でどうにかするんだな」と突き放す。

　傍らに立つ木に背をもたれながら、待ってやる義理もないが小さな体で道具もなしに土を掘り起こすガキをじっと観察していた。