第34話 逃走劇


マリーカは状況を再び整理する。


前後は兵士で挟まれていて、左右は建物。

前方の兵士は2名が少し前に出てはいるが、各々の距離は等間隔。計10名。

後方の兵士は、中央を少し下げて湾曲した隊列で、計10名。前後20名に挟まれた形だ。


一騎当千の猛者でも無ければ、全てを倒し切る事は不可能だろう。マリーカも、エルフの中では優秀ではあるが、直接的な戦闘力に特化している訳では無い。

戦えば、多勢に無勢だ。敗北は時間の問題といえよう。更にいえば、不殺ころさずに勝利しなくてはいけないという事が、その実現の可能性を著しく下げている。


左右の建物は、高さ6~7mといったところか。一足飛びに跳び越えるには、少々高い。

普通ならば、屋根に飛び付いて掴まる事すら難しいだろう。建物脇に樹でも生えていてくれたならば話は変わってくるのだが……残念ながら、反対側にしか生えていないようだ。


結論として、マリーカに取れる策は、逃走一択だ。

問題は、どの様にしてその策を実現するかだ。

マリーカは、その小さな頭の中で、シミュレーションをひたすら繰り返した。


兵士達は、無表情だが警戒の姿勢を取ったまま動かないマリーカを、遂に追い詰めたと余裕の表情を浮かべながら、ジリジリとその包囲網を狭めていく。


そして――

「掛かれ!」


門番の男の号令と共に、20名が一斉にマリーカに襲いかかった。


だが、マリーカは、それを待っていた。

先行していた2名を躱しながら、詠唱を開始する。


「水よ、火よ、風よ。そして光よ!我が言葉ことのはに応え、その力を示せ!」


「「ぐあぁっ!!」」「おのれぇっ!」「目がぁ!目がぁー!」


マリーカは、閃光を放ち、目眩しをすると同時に、濃霧を創り出した。

更に……


「星よ!我が言葉に応え、その楔を解き放て!」


重力を操り、一気に追手の頭上を跳び越えた。

そして、「水よ、土よ!我が言葉に応え、その力を示せ!」兵士達の足元に深さ1m程の穴を創り出し、泥濘で埋めつくした。


「くそぉっ!逃げたぞ!追え!追えぇー!」


「駄目です!足を取られて動けません!」


「誰か動ける者はおらんのか!」


「無理です!」


兵士達は、腰まで泥濘に浸かり、大混乱に陥った。眩んだ目が何とか視力を取り戻したところで、辺りは濃霧に包まれて、互いの位置すら目視出来ない。


門番の男は、再び叫ぶ。


「ええい!まずは霧をなんとかしろ!」


「はい!

……風よ!大いなる風よ!天より吹き荒ぶ風よ!我が願いの言葉に応え、その偉大なる力を貸し与え給え!」


それに応えた言法の比較的得意な兵士が、風を起こして霧を飛ばそうと試みるも、マリーカの創り出した霧は中々晴れてはいかなかった。


――


「はぁ……はぁ……はっ……ユ……ユウナ……は、速いよ……!」


リトは、全力でユウナについて行こうと走っているが、肉体的に鍛える事ばかりしていたユウナには、流石に引き離されそうになっていた。

もう少しで、ヴァルの宿泊地には差し掛かろうというところではあるが、集合地点はナイの居る場所だ。まだ少し距離がある。


「もう少しだから、頑張って!」


「はぁ……はぁ……う、うん。」


リトも、決して身体能力が低い訳では無いのだが、ほぼ全力疾走で30分以上は厳しかったようだ。

そこでふと、リトは考えついた。

イメージだけで、任意の現象を起こす、新たな力。それを上手く使えばいいのだ、と。

一度、ピタリと立ち止まり、少し呼吸を整えて、瞑目し、集中する。

すると、ふわりと浮き上がり……


目を見開くと、ビュッと低空を這うように飛んだ。


そして、一瞬でそれに気付かず先行して走っていたユウナに並んだ。

それを見たユウナは、飛び上がりそうな勢いで驚いた。


「えぇえぇ?!な、なにそれ?!リト、飛んでる!?」


「うん。出来た。」


「そ……そっか。出来たんだぁ。すごいね!」


そうして、宿泊地を通過しようという時。


「おい!お前等!」


前方に、多数の人影があった。それらは、行く手を阻む様にして、道を塞いでいる様だった。その中の一人が、叫んでいる。


「止まれ!お前等、ミュルクの者だったな!どちらかが、ユウナじゃあないのか!」


尚も速度を落とさないユウナ達は、直ぐにそれらの人影が武装した兵士達だと認識した。兵士は10名程で、弓や剣を構えている。


「何かご用ですか?私、急いでるんですけど!」


ユウナは、速度を落とさぬままに、大声で答えた。


「やはりお前か!前王妃ルーナの産んだという欠陥品ユウナ!王妃レーナ様より、粛清せよとの御達だ!

その命、貰い受ける!潔く冥界に旅立つがいい!」


それを聞いたユウナは、ザッと急停止した。つられてリトも空中で静止する。そしてユウナは、大声で


「私が旅したいのは、フェアランドなんですけど!?」


と、叫んだ。


「ちょ、ちょっと、ユウナ?!行先言っちゃったら、不味くない?!」


「あ、そっか。」


だがその言葉は、どうやら兵士達のプライドを傷付けた様だった。

「ふざけた事を!」「なめやがって!」「俺がそっ首掻き切ってやる!」などと、口々に怒声を上げながら、襲いかからんと走り出して来ていた。そして弓を持つ者は、ギリギリと引き絞り狙いを定めている。


「ユウナ!」


リトは、ユウナを後ろから抱きかかえると、少し上空へ飛び上がった。


「わぁー!リトすごい!」


「ちょっと!今はそんな場合じゃないよ?!逃げなきゃ!」


それを見た兵士達は一瞬動揺をみせるも、弓による射撃に切り替える。


「と、飛べるだとォ?!チッ……!弓射て!弓!」


――ビュッ、ビュッ!


「拡!」

――ガィン!キンッ!


空中に向け、矢を射掛けられるも、ユウナはそれを防ぐ。そして、その隙にリトはナイの居る方角へと飛んだ。


「な、なんだあの武器は?!形が変わったぞ?!」

「逃げたぞ!追え!追えー!」


空中を高速で飛びながら、リトはユウナに語り掛けた。

「ユウナ……。絶対護るから!」


「リト……。ありがとう。お母さん、大丈夫かな?」


「マリーカさんも、多分襲われたんだね……。でも、マリーカさんは、強いから大丈夫だよ。

わたし達は、先ずはナイと合流しなきゃ!」


「そうだね……。逃げるにしても、戦うにしても、先ずは合流だね!」

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せっかくエルフに転生したのに、障害持ちとは聞いてないんですけど?! Resetter @Resetter

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