第33話 おかしな命令
希望の樹園。
多分、ここにはもう来る事は無いんだろうから、気になった事は聞いておきたい。ふと、そんな風に思った。
「ねぇ、リト。」
「ん?なに?」
「リトの樹の隣が、フリッカさんの樹?」
「あ。多分そうだね。……これがお母さんの樹かぁ……。」
リトは感慨深いといった様子で、フリッカさんの樹を見詰めていた。その様子を見て、ふと思い付いた。
この辺りはミュルク村の区画なのかも知れない。
「この辺りって、ミュルク村の区画なのかな?」
「あ~。確かにそうかも。」
「お母さんのどれだろう……。」
「マリーカさんの?うーん……。どれかな……。見た目で判別は難しそうだよね。」
希望の樹は、成長しきると大きさは変わらない。エルフの身長の伸びがどこかで止まる感覚に近いのかな。
見た目は若干違うんだけれど、名札がある訳では無いので、自分の物か、植えた時に立ち会っている場合くらいしか、分からないのです。
村ごとに区画は分けられているので、大体の場所は判るのですが……。
ミュルク村の区画をしばらく見渡していると、朽ちた樹の横に、風も無いのに葉が揺れている樹があった。
よく見てみると、ぽっぽっと時々光ってもいる。
「ねぇ、リト。これって……」
「共鳴、だね。力をたくさん使うと、樹も頑張るみたい。」
だとすれば、この樹の主は、今すごく力を使っているという事。見渡す限り、この樹だけがそうなってる。
ダーインさんもハーナルさん達も、今はそんなにたくさんの力を使う仕事はないはず。狩の時間も終わってるから、ウルさん達でもないはず。消去法で考えるなら、多分……これがお母さんの樹なんだ。
そして……何かがあったんだ!
すごく、嫌な予感というか……不安な気持ちに襲われた。
「リト!多分これがお母さんのだよ!何かあったんだ!急ごう!」
「う、うん!」
私達は、全力で走った。
――
「いたぞ!こっちだ!」
「くっ……」
マリーカは、門を避けて柵を乗り越えて建物や樹々を縫うようにして集合地点に向かっていたのだが……。
門への到達が余りにも遅いと怪しんだ兵士達は、数人を残して捜索に出たのだった。
兵士達の中には、索敵に向いた異能を持つ者も居る。
マリーカは、程なくして捕捉されてしまったのだった。
「囲め囲め!」「回り込め!」
左右には建物。前後は兵士達。マリーカは進退窮まるといった状況にあっという間に追い込まれてしまった。
「マリーカ!何故逃走を図った!」
ずいっと一歩前に出て、恫喝するように叫ぶ男。マリーカが門を通過した時の嫌味な門番であった。
「……門前が何故か固められていましたからね。私には捕まる理由がありません。先を急ぐ身ですから。」
「ハッ!相変わらずの態度だな!おい。」
門番の男が顎をしゃくり、少し後ろに居た兵士に指示を出す。おそらくは若い兵士は、一歩前に進み、声高に叫んだ。
「レーナ王妃よりご命令!元王妃付き補佐官マリーカの捕縛!及び、前王妃実子ユウナの粛清!速やかに実行せよとの御達!」
それは、フォルセ王の意思を完全に無視した命令である。マリーカは、愕然とした。あの新王妃は、マリーカに今すぐに戻れと喚いていた。だが、マリーカには王との約束がある。それを盾にすれば、すんなり事が運ぶ筈だと思っていたが……。ここまで勝手な真似をして許される立場を手に入れているとは。完全な誤算だ。
「それは、おかしな命令ですね。私は、フォルセ王の御許可を頂いて行動しております。そして、フォルセ王は、御息女の命を奪う事は望んでおられません。」
「ハッ!レーナ様は、次期女王の母君だ。誰に従うべきかは明白だろうが!」
「それはそれは、気の早い事ですね。フォルセ王の退位まで、まだまだありますでしょうに。」
「フッ……。それはどうだろうなぁ?」
門番の男は、にちゃりと醜悪な笑みを浮かべた。
「なるほど……。そういう事ですか。」
「フンッ!さっさと観念するんだな!」
マリーカは考える。
今取れる選択肢は、三つある。
一つは、この場で投降する事。
これを選べば、自分の命だけは助かるだろう。いや、ユウナの助命嘆願も、もしかしたら成功するかも知れない。但し……もう二度と、ルーナにもユウナにも会える事はないだろうが。
もう一つは、このままユウナ達と合流せずに、逆方向へ逃げる事だ。出来れば追手を引き付けて、付かず離れずで逃げる。殿で、囮だ。ユウナ達が旅に出てしまえば、国内で捕捉される事も無いだろう。マリーカも、逃げ切った足でそのまま旅に出てしまえば、いつかはユウナ達と合流出来るかも知れないし、ルーナを探しに行く事を優先してもいい。但し、上手くユウナが逃げてくれていなければ、失敗に終わるだろう。
もう一つは、この兵士達を、全てナイに殺させる事だ。ナイの居る地点まで全員を誘導し、
そうすれば、化物の仕業か、野生動物の仕業として処理されるだろう。但し、その凄惨な場面に、ユウナとリトを巻き込む事になる。だが、その後の事は相談して決める事が出来る。
何れにせよ、マリーカに、この場を乗り切る事が適わなければ、投降しか道は無い。
だが、新王妃の派閥は既に作られており、それは明らかにフォルセ王の強制的な退位を狙っているのだ。おそらくは、20年程を予定して動いているのだろう。
この先を生き残ったとして。自分が200年を仕えていた王家は既に無く……手に入れた愛を失い……それでも新王妃に仕え続ける意味はあるのだろうか。
ある筈が無い。
マリーカは、静かに覚悟を決めた。
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