番外編 ライト
「ん?」
ここはどこだ?
「リンカー! イヴー!」
返事がない。
というより、見知らぬ部屋にいる。
「どうなってんだ? こんな服をきた覚えはないぞ……」
俺は裸で寝る主義だ。
そのほうが気持ちいし、リンカも喜ぶ。
だからこんな服は必要ない。破り捨てよう。
ビリッ! ビリッ!
「あ? なんだこの貧弱な身体は……」
うそだろ!
俺の身体じゃない。
声もおかしい。まるで女みたいだ。
まさか……!?
鏡! 鏡はないか? あ!
「……!? なんじゃこりゃぁぁあぁぁ!」
誰だこの鏡に映っている男は?
筋肉がまったくない……ショボすぎる。
顔はブサイクとまでは言わないが、覇気はないし、パッとしない。
女にモテないだろうな、これじゃあ……。
「ど、どうなってんだよいったい……リンカの新しい発明か? おーい! リンカー! おーい!」
やはり返事がない。
くそっ! とりあえず状況を整理しよう。
俺の名前はライト。27歳、魔導剣士だ。
昨日はリンカとマジカルカクテルを飲んで、イチャイチャしながら寝たが……朝、起きたら別人になっていた。
しかも、見知らぬ部屋にいる。どうなってんだ?
「ん?」
窓があるな。開けてみるか。
ガラララ
「……こ、ここ、どこ?」
チュン チュン
鳥の鳴き声が聞こえる。
黒い地面に整然と配置された木ような石柱。それに黒い線がいくつも伸びており、鳥がのっていた。
「まるで蜘蛛の巣にいるようだな……ふぅ」
青い空、白い雲、空気はうまい。
うむ、大気は安全のようだ。
どれ? 魔法は使えるか?
「ハッ!」
しかし、何も起きない。
この異世界は魔法が使えないのか。
くそっ! この状態で魔物にあったらヤバいな……拳でなんとかするしかない。
「にしても、建物が密集しているな。部屋もせまいし、マジで虫みたいな生活してやがる。なんなんだ? この異世界は……」
ガラララ
「ん? 向かいの家の窓が開いた……若い女だ」
「きゃぁぁぁ!」
「ふんっ、裸の俺を見て驚いてやがる」
ピシャッと窓を閉められた。
だが、言葉は聞き取れた。あれは悲鳴だったな。
まぁ、こんな貧弱な身体じゃあ無理もない。男はやっぱり筋肉がないと……。
「異世界の外に出る前に、鍛えておくか……よっしゃぁぁ!」
腕立て! 腹筋! スクワット! 正拳突きぃっ!
「オラオラオラオラぁぁ!」
ふぅ~、なるほど……。
貧弱な身体だが、鍛えがいがあるな。
筋トレすればするほど、ムキムキになる。
鏡をもう一度見てみよう。
「うむ、だいぶマシになったな……顔がひきしまり、身体がひとまわりデカくなった」
グゥ~
あ、腹へった。
なんかないかな……ん? この白い箱が食材庫か、開けてみよう。
パカッ
「おおおお! うまそうだ!」
米、肉と野菜炒め、牛乳、卵もあるぞ!
ムシャムシャ、もぐもぐ
うむ、どうやら俺は、文化レベルの低い異世界にいるようだ。
魔法ではなく、古代のエネルギー資源だった電気を使ってやがる。
どれもこれも機械は古いし、なんだこの手持ちサイズの長方形のものは?
カードにしては厚みもあるし、重い。
ブーブーブー!
おっと、いきなり震え出した。
画面には、『水瀬さん』 とある。
緑のボタンを押せば、通話できるっぽいな。レンズみたいなものか?
ポチ
「あ、やっとでた! もしもし、ホシノくん? 大丈夫?」
若い女の声だ。
この男の彼女か?
「おーい! もし風邪っぽいなら会社にきちゃダメだよ~課長がそう言ってる。わかった?」
「……」
「もしもし? 聞いてるの?」
「……」
「もしもーし!」
「……風邪はひいてない」
「あ、やっとしゃべった……みんな心配してるよ。無断で会社休むなんて初めてだよね?」
「会社とはギルドみたいなものか?」
「ギルド? ホシノくん、なんかゲームでもやってる?」
「俺はホシノではない」
「はい? なに言ってんの?」
「ミナセ」
「え!? いきなり呼び捨てっ!?」
「その会社というものにいかないとどうなる?」
「有給を使えばいいよ。じゃあ、課長にはそう言っておくね」
「たのむ」
「……ホシノくん?」
女の声が色っぽくなったぞ。
「なんか男らしくなったね……ちょっとびっくり、えへへ」
「まぁ、いろいろあってな。ところで、この会話はどうやって終わればいいんだ?」
「え? スマホの使い方を忘れたの? 画面の赤いボタンを押せば、通話は終わるけど」
「スマホ? ああ、これはスマホというのか……ありがとう」
「うふふっ、ホシノくん大丈夫? 頭でも打った?」
「いや、身体が入れ替わってるみたいなんだ……」
「え? なにそれ?」
「よくわからない。じゃあな、ミナセ」
「ちょっ……まっ……」
プツッ、プーープーー
スマホか……。
遠くにいる人間と会話できるアイテム。
携帯しておこう。
っていうか、何か服を着たほうがいいな……でも、ろくなもんがない。
とりあえず、動きやすそうなこれにしよう。
ズボンとシャツを装備……っと。
「やれやれ、魔法も使えない。武器もなさそうだ。戦闘になったら体術でなんとかするか……」
どこかに部屋の鍵がないかな?
ま、開けっ放しでいいや。どうせこの身体は俺じゃない。
「なんとか元に戻る方法を見つけないと……」
とりあえず、外に出よう。
これが靴か? やわらかい。紐を縛るタイプだな。
よし、いざ異世界に!
ガチャ
「な、なんだあれ?」
車が浮いてない!?
回転して動いているようだ。
人間の数も多い。みんな同じような服を装備している。武器も装備していない。
まるで蟻の集団だな。
駅と表示された施設に吸い込まれていく。
城壁はない。城もない。
あるものは、透明なガラスがはめられた建物ばかり。
「建造物は高度なテクノロジーのようだ。なかなか綺麗だ……」
ドン!
「ん? なんかぶつかったぞ」
「すいません」
中年の男が謝って逃げていく。
いきなり立ち止まった俺の方が悪いはずなのに、逆に謝られた。
「どうなってるんだよ、この異世界は?」
まぁとりあえず街を出てみよう。
魔物を倒して身体を鍛えないと……。
「……」
もくもくと歩いて森にきたが、魔物はいない。
もしかしてこの異世界には、魔物や魔族はいないのか?
「平和すぎる……」
ブーブーブー
ん? スマホが震えている。
画面を見ると『水瀬』とあった。
「またこいつか……この異世界について聞いてみよう……通話ボタンは、これか」
ポチッ
「あ、もしもしホシノくん? ぜんぜん既読つかないから電話したよ」
「キドク? なんだそれは?」
「メールだよ! んもう、今日、なんか変だよ?」
「ミナセ。ちょっと聞きたいんだが、この世界には魔物はいないのか?」
「マモノ? いるわけないじゃない! ってかイケボで呼び捨てって……」
「魔物はいないのか……残念」
「? ねぇ、ほんとにホシノくんじゃないの?」
「ああ、朝、起きたらこの身体になってた」
じゃあ、あなたは誰? とミナセは聞いてくる。
答えていいのだろうか。
まぁ、この女の声からして悪い人間じゃあなさそうだし、何より人のトラブルに首をつっこんでくるところが、愛しのリンカっぽい。信用しても、よさそうだ。
「俺の名前はライト」
「……ライト」
「ああ、どうやらホシノの身体に入ってしまったらしい」
「ほんとに?」
「ああ、だからミナセ。この世界について教えてくれ!」
「……」
「ミナセ?」
「……わかった。仕事が終わるまで待ってて」
「どこで待てばいい?」
「あ、ホシノくんの家がわかんないや……ってかいまどこにいるの?」
「森だ……」
「なんでそんなところに?」
「魔物を狩ろうと思ってな。だがいなかった」
「……わぁぁ、マジで異世界から来たのねぇ、すごっ!」
やっと信じたみたいだ。
ミナセは、スマホの向こうではしゃいで笑う
すると突然、通話が切れたあと、画像が切り替わった。
綺麗な女の顔が映っている。表示された文字はミナセ。
ふぅん、カメラが内蔵されているのか。
これなら相手の環境を確認しながら、通話できるな。
本当に、まるでレンズのような装置だ。緑のボタンを押してみよう。
ポチッ
「もしもーし! よかったビデオ通話できて!」
「ああ」
「……わぁ、ホシノくん顔つき変わったね! カッコイイ!」
「筋トレしたら顔が引き締まったぞ」
「うんうん! いいね! ホシノくんは磨けばイケメンになると思ってたよぉぉ」
「あ? ホシノじゃない。ライトだ」
「ごめん。いまはライトなんだよね~」
「そうだ。で、俺はどこにいればミナセに会えるんだ?」
「会えるだなんて……なんかドキドキしてくるなぁ」
「ああ、顔を見ながら話せるとは思わなかった。すごく綺麗な女性でびっくりした。はやく会いたい」
「そ、そんなぁ……綺麗だなんて……いやぁん」
ミナセは、ぽっと顔を赤く染める。
異世界でも同じだな。女性は褒められることに弱い。
「俺はどこにいればいい?」
「いまどこ? スマホにあたりを映してみて」
「こうか?」
「そうそう……って、ここ神社ね。赤い鳥居が見える」
「神社?」
「ええ、神様を祀るところ」
「この世界にも神がいるのか?」
「まぁ、見たことないけどね」
「なるほど……神がいるなら元に戻れるだろう」
ミナセは、不思議そうな顔をしている。
会ったときに詳しく状況を話そう。
「ミナセ! 俺はホシノの家にいるから来てくれないか?」
「ホシノくんの家っ!? どこにあるかわかないよ……それにいきなり家って……」
「いいから来い! 家の近くでまたこの画像つきの通話をする。ミナセなら場所を特定できるだろ?」
「……わ、わかった」
「じゃあ、またあとで」
「えっ、でも、仕事おわってからだよ~」
「ああ、おわったら連絡くれ」
「うん……」
ミナセは通話を切った。
よし、運がいいぞ。異世界に来てさっそく仲間ができた。
思えば、俺は元の世界の仲間から追放されていたっけ。
女からモテすぎる俺に嫉妬していた、キッド。
もはや懐かしいな。
俺を追放したところで、キッドがモテるとは思えないが……。
「まぁ、いいさ。俺はとりあえず異世界から戻る手段を見つけるとしよう」
よし! と気合を入れて、赤い門をくぐる。
ミナセが、トリイと呼んでいたやつだ。
「リンカ、イヴ……待ってろよ! パパは帰るからな!」
異世界ファミリー ぬこまる @relaxasana
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