こい





 踏み出したのか、

 踏み堪えているのか、


 令嬢はワライダケを王子に盛らなくなった。

 王子は令嬢以外にも意識して笑うようになった。

 相手に気取られないように必死で。


 令嬢はワライダケを見ると、いや、見ていなくても、ついつい手を伸ばしてしまいそうになる。

 どうしてか、王子にさしあげなければいけないと思ってしまうのだ。

 けれど、腹に、足に、手に力を込めて、我慢をする。


 王子は令嬢以外の人間を見ると、いや、見ていなくても、ついつい不愛想で冷ややかな態度を取ってしまいそうになる。

 答えは簡単。令嬢と二人きりになる時間を邪魔しやがってと思っているからだ。

 けれど、腹に、目元に、口元に力を込めて、我慢をする。


 令嬢も王子も結構疲れていた。

 傍にいられて幸福だと思うのと同じくらいには。

 そして本気で悩んでもいた。  

 本当に自分たちは癒してあげられているのだろうか。と。


 多忙な公務に見送るたびに。

 多忙な公務へ見送られるたびに。

 よぎる疑問。


 してあげたいという気持ちは日に日につのっていくのに。

 うまく言葉に、行動に表現ができていない。


 好きだと最後に言ったのはいつだったか。

 覚えている。明確に。

 交際を申し込んだ時だ。同時に。好きだから結婚を前提に付き合ってくださいと。

 それ以来、言っていない。

 結婚した今でさえ。


 好きじゃなくなったわけではないのだ決して。

 好きだとの気持ちが増えることはあっても減ることはない。なのに。

 言えない。


 罪悪感、だろうか。

 言えないのは。

 いいえ違う。

 怖いのだ。

 言葉にすれば、せき止めているこの気持ちが溢れて、決壊して、また暴走してしまうのが。

 ワライダケを王子に盛ってしまうのが。

 令嬢を独り占めしたくて牢獄してしまうのが。


 言っても平気になるまでは。

 そんないつかを待っていれば。

 穏やかに、自由に、癒せる日々を過ごせると夢を見ていた。


 いつか。

 そう、五十年も経てば成長していると希望を持っていたけれど。

 人間はそうそう変われない。

 帰郷して初めてお酒で酔っている両親に愚痴られてから、考えが変わった。




「「好きです」」



 泊っていく予定だったが、令嬢と王子は古巣の邸から飛び出して走った。全身全霊をかけて走り抜いて我が家へと向かい、玄関先で鉢合わせした二人は我先にと伝えた。

 暴走は踏ん張って、踏みしめて、どうにか我慢をする。

 だから、気持ちは伝えたい時に伝える。伝えたいのだ。

 だってこんなにも。


 こんなにも、


 こんな小さい身体に収まり切れないくらいに。

 この星、いいや全宇宙でさえ足りないくらいに。

 好きで好きで好きでどうしようもない。


 令嬢と王子の片目から少しだけ涙が溢れ落ちた。

 その涙はお互いにそっと指先で拭った。

 指先は、目元は、とても熱かった。

 けれど、ひとしずくの涙だけが不思議と冷たくて。

 二人はほほえんで、二人の家である邸へと入って行った。




 これ以降、頻繁に好きだと言えた。わけではないのだが。

 好きだと言って。好きだと言われて。

 二人は少しずつ、少しずつ我慢の重みを減らしていった。

 二人は少しずつ、少しずつ相手を、自分を癒していったのであった。











(2022.6.26)



 

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ひめこい 藤泉都理 @fujitori

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