第32話 最高の幸せ

 それから、幾ばくかの時は流れたとある日。

 俺、鶴橋元気は、人生で一番緊張していた。

 ソワソワして部屋の中をうろちょろ歩き回ることしか出来ない。


「ちょっとは落ち着きなさい」

「だってぇ……」

「だってじゃないの。全くもう、アンタがそんなんじゃこっちが不安になってくるわよ」


 母親が呆れた様子でため息を吐く。

 だが、緊張してしまうのは仕方のないこと。

 なぜなら今日は……






 俺と千陽の結婚式当日なのだから。


「お待たせしました。それでは新郎様はこちらへお進みください」


 係りの人からの声が掛かり、式の準備が出来たことを伝えてくる。


「ほら、覚悟を決めなさい」

「わ、分かってるって」

「それじゃ、私は先に式場に行くわね。楽しみにしてるわ」

「へいよ」


 母親が控室を後にして、俺は一つ大きく深呼吸してから、係りの人に連れられて、挙式が行われる教会へと向かった。


『新郎の入場です』


 司会進行の方の声が聞こえて、扉が開かれる。

 俺は一礼してから、前を見据えてゆっくりと歩きだす。

 先ほどまで控室にいた母さんや、愛先輩と上本の姿。

 さらには、怜人と悠姫ちゃんも隣同士並んで俺を出迎えてくれている。

 俺は神父さんの前まで歩いて行き、フィアンセの登場を待つ。


『続きまして、新婦様の入場です』


 扉が開かれ、幸一さんと腕を組んだ、純白な白いドレスに身を包んだ千陽が現れる。

 幸一さんはすでに涙を流し流しており、千陽はみんなに笑顔を振りまきながら、ゆっくりとこちらへ向かってきた。

 千陽が幸一さんの元から離れて、ドレスを持ち上げて数段の階段を登ろうとする。


「キャッ⁉」


 と、案の定、千陽はそこでドレスに足を引っ掛けてしまい、転倒しそうになってしまう。

 俺は咄嗟に手を出して、千陽を抱き留めた。


「大丈夫か? 怪我はないか?」

「あっ……ご、ごめん元気」

「ったく、世話焼かせやがって」

「えへへっ、ごめんね?」

「いいよ」


 お互いに微笑み合い、そのまま二人は、自然と顔を近づけていき、口づけを交わした。


「わーお。大胆」

「静かにしろ!」

「いぃなぁーお姉ちゃん幸せそう、私もいつかあんな風になりたいなぁー」

「まあ、時が来たらな」

「あらあらぁー」

「まったくうちの娘は……」


 各々が多種多様の反応を示すものの、今はそんなことはどうでもよかった。

 それほどまでに、俺と千陽は、幸せの最高潮にいるのだから。


 体勢を整え、挙式はつつがなく進んでいく。

 誓約を誓いあい、指輪の交換を行う。


「それでは、誓いのキスを」


 神父さんの言葉に促され、俺は千陽の方へと向き合い、お互いににっこりと微笑み合いながら、ゆっくりと顔を近づけていき――



 見ている方が恥ずかしくなってしまうような、それはそれは濃密な、誓いのキスを交わすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

三年付き合ってる内気な彼女と同棲することになった俺。二人きりになった途端、甘えん坊のかまってちゃんに様変わりして、毎日理性を保つのが大変なんだが⁉ さばりん @c_sabarin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ