第2話

父の死の一報を俺は理解出来なかった。


 俺は父との思い出はそんなに無い。

 あるのは精々公園でボール遊びをしたくらいだろう。

 ボールを取ろうとした時に足を滑らせて転んだっけな。

 そう言えば、その時にギャン泣きして、その帰りに確かお父さんにジュース買ってもらったな……。

 忘れていた思い出が沸々と蘇ってきた。

 ふと、母の様子が気になった。見てみると、母も思う所があったのか、ただじっとテレビを観ている。当然だ。俺よりも母の方が父さんと過ごした年月は多いに決まっている。表に出さないだけで、気持ちは俺以上だろう。


「続いてはこのコーナー、世界摩訶不思議名鑑!!今回はホラーテイストのこの話題、グ……」

 あまりのテレビの空気の読めなさに、母はテレビを消した。そして俺に語りかけてきた。

「明夫」

 語りかけてきた声は怯えるように震えていた。

「母さんね……ちょっと……独りになりたいから、出かけてきたら? ほら、こ、小遣いあげるから……」

 そう言って財布から五万円を取り出し、俺の手に握らせるように渡してきた。

「何だったらどこか友達の家にでも、泊まってきたら良いと思うわ」

「で、でも……」

「無駄遣いしないでね」

「……わかった」

 その覇気のない声で言いくるめられた俺は、その言葉に素直に従った。


 自室に戻り、外用のジャージ一式とスマホを持ち、先程貰った五万円を自分の財布に入れて、財布ごとポケットにしまった。一階に降りると、すぐ玄関まで向かった。そして、いつもの靴を履く。

「行ってくるよ」

「あ、うん……行ってらっしゃい」

 扉を開ける前に、俺は少しでも元気付けようと声をかけた。

「お父さんの事は心配かもしれないけど、そんなにネガティブだとお父さんが天国で怒っちゃうよ」

「え?あ、うん。そうね」

 どこか気の抜けた返事をした母を尻目に、俺は家を出た。



 何か変だ。



 道を歩いていると、先程のことに違和感を覚えた。母のことだ。

 いくら子供の前だからといっても、もう少し感情を表に出すものだと思っていた。それにしては落ち着き過ぎてるよな。夫婦関係は悪くなく、寧ろ俺でさえ分かるくらいには仲睦まじかった記憶がある。それなら、涙くらい流れてもおかしくはない。

 五万円にしてもそうだ。ただ出かけてほしいだけだったら、こんなに渡すもんかな。それに泊まり用の金だとしても五千、多くても一万程度だと思うんだけど。これじゃまるで、家に来ないでほしいみたいじゃないか。


 そんな考えを膨らませながら歩いていると、家電量販店の前に着いていた。店の前にテレビが置いてあり、丁度ニュース番組を放送していた。まだこれからのプランが定まってなかったため、とりあえず俺は父さんのことに関する情報を集めようとした。

 しかし、どのニュースも大した情報にならなかった。

「何だよ、全然お父さんのこと報道してねぇじゃん」

 痺れを切らした俺はその場を後にしようとした。すると、さっきまで全く使えなかったニュースから恐ろしい情報が聞こえた。


「続いてのニュースです。以前より話題になっていた通り魔事件に関する新しい情報が入ってきました。△△市に住む男性によると、昨日の夜に男が凄い速さで走っており、明らかにランニングをしている雰囲気ではなかったとのことです。また男の顔はよく見えなかったが、体格は長身痩躯で病的に痩せていたとのことです。引き続き、新たな情報が入り次第お伝えします」


 俺は嫌な予感がした。多分この通り魔は俺と母が冗談半分に父だと決めつけている奴と同一人物だろう。

 そして、そいつが父さんをバラバラにした張本人、そう考えるのが自然だと思う。話が明らかに出来すぎている。しかも、そんなヤバイやつがこの町を徘徊しているだって?積み重なっていく事実に今にも吐きそうになった。

 とにかく速く逃げなくては。このままじゃ、俺も危な……。



「あ」



 そういうことだったのか。だから母は俺に多くお金を渡したのか。それに気付くとすぐに家に走り出した。


「俺を逃がすために……」

 俺は馬鹿だ、どうしてあんな疑うような真似を。急いで帰らなくては!


 急げ!


 まだ……!


 まだ……!!


 まだ一緒に生活したいんだ!間に合ってくれ!


 頼む!!




「母さん!!!」




 そこにいたのは母さんではなく、通り魔でもなく、

「ゥアアァァ……」

「あ、あ、あ」


 長身痩躯の化け物だった。


 絶望で膝から崩れ落ちた。

 あぁ、いと麗しき人生だったよ。

 そしてそれも食わ……。

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いと麗しき...... 雄蛾灯 @yomogi_monster

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