おでむかえる 🐸

上月くるを

おでむかえる 🐸




 夏の朝はとてつもなく早くて、午前3時が過ぎると、東の空が淡く白んで来ます。

 そうなるとアマガエルはもはや寝てなどいられず、ソワソワと起き出して来ます。


 湿った地面から這い出すと、ホースリールにスタンバイして車の音を待つのです。

 だれに頼まれたわけでもないのですが、いつの間にかそういう習慣になっていて。



 

      🌄




 やがて……ブルルル~ン、耳に馴染んだ軽乗用車のエンジン音が聴こえて来ます。

 花壇のナスタチウムの葉っぱと同じ色のアマガエルは、若緑の胸を高鳴らせます。


 駐車場に止めた車から社長さんが降りて、事務所の玄関に向かって歩いて来ます。

 わあ、社長さんだ~! 社長さん大好きアマガエルの胸キュン度は最高潮に……。


 期待にたがわず、初老の社長さんはメガネの奥の目を細めて話しかけてくれます。

「やあ、おはよう。今朝も待っていてくれたのかい。ありがとうね、元気が出るよ」


 そのひと言を聞きたくて、アマガエルは蛙式の正座できちんと座っているのです。

 やさしい社長さんに応えたくて、アマガエルは首の袋を大きくふくらませました。


 刻一刻と明るさを増してゆく花壇のそばで、ふたりはしばらく見つめ合いました。

「さて、きみのおかげで今日もいい一日になりそうだ。暑くなるから日陰にいなよ」


 そう言い置くと、社長さんは重そうな黒いカバンを置いて玄関の鍵を開けました。

 事務所のすべての窓が開け放たれると、有線放送の音楽が聞こえて来るでしょう。




      🐶




 専務だった奥さんに先立たれた社長さんの心の糧は一匹の黒い犬だったそうです。

 その犬も半年前に逝ってしまい、社長さんはひとりぼっちになってしまいました。


 遠くに住む子どもさんたちとその家族、支えてくれるスタッフさんたちはいます。

 でも、社長さんの心にぽっかり空いた穴には色のない風がいつも吹いていて……。


 オタマジャクシからかえったアマガエルは、ここに棲んで、そのことを知りました。

 最初は社長さんから話しかけてくれたのです「おやおや、いい場所にいるね」と。


 それから問わず語りに自分のことを話してくれるようになり、ふたりは友だちに。

 なのでアマガエルは社長さんが吉野家朝定を食べて来る(笑)ことも知っていて。


 遅くまで残業して夕飯もコンビニ食が多いので、内臓脂肪系が心配なのですが……アマガエルは夏しか活動できないので、せめていまは精いっぱいの笑顔でお出迎え。




      🌞




 ぐんぐん勢いよく昇り始めた真夏の太陽が、ホースリールを眩く照らし出します。

 アマガエルはナスタチウムの葉の日陰に避難しながら、社長さんを想っています。

 



 

 


 

 

 



 


 

 

 

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