逆夢の移り香___

御厨カイト

逆夢の移り香___


「先輩は幽霊って信じますか?」


「……いきなりどうした」



放課後、図書室で一人静かに課題をしていた俺の元にやってきた後輩が開口一番にそう言う。



「いや……ちょっと気になって」


「ふーん、幽霊ってあれだろ、漫画とかでよく『うらめしや~』って言ってくる奴として表現されるアレだろ?」


「……なんか分かりにくい例えですけど、まぁ、そうですね」


「俺はそういうのは信じて無いな。と言うかそもそも自分の目で見たことがある物しか信じない人間だからさ。幽霊なんて今までで見たこと無いし」


「でも、テレビとかでやってる心霊番組はよく見てるじゃないですか」


「だって、普通に面白いじゃん。明らかに作り物でチープな幽霊たちに辻褄が合ってない矛盾ばかりのストーリー。よくテレビでやってる甘い恋愛ドラマなんかよりは数倍面白いよ」


「……ホントひねくれた見方してますよね、先輩って」


「別に良いだろ。これぐらいひねくれているぐらいが人生面白い」


「それじゃあ、そんな迷路並に性格がねじ曲がっている先輩に一つ話したいお話があるんですよ」


「……それは流石に言い過ぎだと思うんだけど」



そんな俺の言葉を華麗にスルーしながら後輩は俺の対面に座る。



「と言うか、この話の流れだと怪談でもするのか?まだ背筋が凍るには早い季節だと思うのだが」


「まぁまぁ、いいから黙って聞いててくださいよ」


「さっきから俺への当たりが強くない?」


「ここ数か月ですね、私、変な夢を見るんですよ」


「あっ、もう完全に無視するじゃん」


「辺り一面真っ白な世界。そしてその奥にゴマ粒ぐらいの大きさなんですけど何かがいるのが見えるんですよ」


「ほう」


「最初はこんな『夢』を見ることに驚いていたので“ソレ”の存在にはそもそも気にも留めてなかったんですが、何度もこの夢を見るたびに“ソレ”がこちらにどんどん近づいてきていることが分かったんです」


「……何となく展開が読めてきたんだが」


「……」


「すまん、水を差した」



じとーっとした目を向けてくる彼女に俺はそう謝る。

そんな俺の様子を見て、「はぁ」とため息をついて彼女は続ける。



「最初は“ソレ”もゴマ粒ぐらいの大きさだったんですけど、だんだん米粒、豆粒ぐらいの大きさに――」


「いや、そんなに細かく言う必要ある?それにあんまり大きさも変わってない気が」


「もー別に良いじゃないですか。そんなの話す私の勝手でしょ。いいから黙って聞いててくださいよ」


「……すんません」


「ふぅ、……それでそんな夢を数か月も繰り返していると到頭、私のすぐ近くに“ソレ”が姿を現したんです。そして、毎日ヒタ……ヒタ……とゆっくり私の方に近づいてくるんですよ」



……若干彼女の体が震えているように見えるのは俺の気のせいだろうか。



「そうして、ついに“ソレ”は私の目の前スレスレで止まったんです。……それからの日々は地獄でした。眠りにつくたびに夢の中で“ソレ”がジッと目の前で私の事を見てくる。何もしてこないけど、私も目を背けることは出来ない」


「……」


「本当に……何もできなかったんです」



最後は消え入るような声でそう言う。

……瞳孔が開いている。



「……お前、疲れてるんだよ」



俺はそんな彼女の様子を見て、そう切り出した。



「えっ?」


「疲れている時ほど変な夢を見やすいって聞くし、そもそも夢を見ている時点で眠りが浅くて疲れが取れてないからね」


「……なるほど」


「それにお前、最近ずっとフルコマだったんだろ?バイトもやってたらしいし、結構疲れが溜まっているんじゃないか?」


「……そうかもしれません」



そう言いながら、彼女は俯く。

俺は「ふぅ」と息を吐く。



「まぁ、色々と詰め込み過ぎは良くないからな、少しは先輩の事も頼ってくれよ。困っていたらまたこうやって話を聞いたり、助けてやるからよ」



俺は「ハハッ」と明るく笑う。



「……………… うそツき


「えっ?」


「そレじゃア、こンなワたシのコとモたスけテくダさイよ」




彼女がそう言った瞬間、背筋がゾクリと凍る。

それに、この部屋の温度さえも下がっていくのを感じる。



何故か、冷や汗も止まらない。






すると、彼女は俯いていた顔を上げ――






「ツギハ、オマエダ」









あぁ、なるほど……

これは確かに『夢』じゃない___











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逆夢の移り香___ 御厨カイト @mikuriya777

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