8.Unite Nightmare

 対空AAレーダーが飛翔してくる榴弾を捉える。無線で警察団のAFに散開指示を出し、コンソールを操作して自動迎撃機関砲PHALANXを起動させた。

 バレルキャリーの鎖骨部分には、固定式二十ミリ機関砲が備え付けられている。実包が放物線を描く榴弾に殺到し、空中で迎撃。破片と爆風が襲いかかってくるが、機体を左に移動させて回避する。

〈曲射弾か、これでは接近できないぞ〉

 警察団部隊の隊長が無線通信を入れてくる。

「リロード時間を狙って加速するんだ。死にたくないならついてこい」

〈貴様、この作戦の指揮権は私に......〉

「譲ってやってもいいが、アンタの可愛い部下もろとも蜂の巣だぞ」

〈......〉

 隊長はそれ以上なにも言わなかった。脅しがよっぽど効いたらしい。もっとも、このまま指揮権を譲れば私が危険に晒されるのだが。

「もう一発くるぞ。対空プロセッサで着弾地点を予測、回避しろ」

〈そんな無茶な!操縦しながらキーボードなんて打てないですよ!〉

 部下が泣き言を叫ぶ。そういえばこの団員は、実戦は初めてだと言っていた。

「自動予測をオンにしろ、ルーキー。警察団じゃそれも習わないのか?」

〈ウルフ、そんなことはどうでも良いだろう。先行して迎撃を頼む〉

「ダメだ」

〈なんだと!?〉

「なぁ隊長さん、私の前に立ってていいのか?」

〈え......?〉

 モニターの対空レーダー表示に映る、曲射榴弾の落下予測点。それは、バレルキャリーの前を往く隊長機の進路と一致していた。

「アンタが前にいると、二十ミリも撃てないんだけどな」

 外の景色に重ねられた〈RDYレディ-PHALANXファランクス〉の赤い文字。無慈悲にも、そこには斜線が引かれていた。自動迎撃機関砲PHALANXが使用不可であることを示している。その原因は、前方の僚機との距離が近すぎるためだ。

 飛来した榴弾は、無慈悲にも隊長機を粉砕した。引火した残余推進剤と破片の奔流を避け、残った四機と共に敵を目指す。

 指揮系統を失った警察団は、完全なる混乱状態だった。届きもしないと分かっているはずなのに、十二・七ミリの対人機銃を乱射する。

〈隊長がやられた、畜生おおおおおお!〉

〈バカ、慌てるな!〉

〈次は俺達だ。ウルフ、どうにかしてくれよ〉

「するべきことは三つだ。まずは対空AAレーダーをアクティブにしろ。敵の曲射弾を補足したら、対人機銃で迎撃しろ。ブーストダッシュの推力は最大でも六十パーセントまでだ。以上」

〈おい、それだけかよ!おい!!〉

「ここは戦場だ。方法は自らの手で斬り覚えろ」

〈ふざけやがって、仮にも指揮官だろうが〉

 次弾が飛来。右後方90メートルにいた機体の付近に着弾し、最後に悪態をついた男が死ぬ。

〈ジャック、残りは三機よ。これじゃあ減る一方だわ〉

 ヘレナからの通信。

「仕方ない。機体の一部になれないウルフは死んで当然だ」

〈それはそうだけど......〉

〈レーダーに映った!撃て、撃て、撃て!〉

 三機が一斉に対人機銃を撃つ。ロックオンされてはいないだろう。レーダーが示す敵機の方向へ機銃弾を殺到させている。

 その時、ロックオン警報が鳴り響いた。次に来るのは曲射弾ではない。

「横に避けろ!徹甲弾APが来るぞ!」

 無線に叫ぶと同時に、左にいた機体が破壊される。紺色のAFは、見えないほど高速の矢に貫かれた。十年前に見た光景と重なる。装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSの攻撃だ。

〈おい、ウルフ。俺たちを盾にする気か!〉

「いいから機体を横に振れ」

〈冗談じゃねぇ、従っていられるか......〉

 もう一機が同じように破壊される。タングステンの侵徹体によって砕かれた装甲は、もはやその意味をなし得ない。

 モニターの中央、荒れ地の丘の上に白い機体がいた。膝立ち姿勢で背部のカノンを構え、こちらに狙いをつけている。バレルキャリーの光学識別プロセッサが、機体名と搭乗ウルフの名前を割り出した。

 機体名:マーメード、ウルフ名:ジョーカー。元T.E.C専属ウルフ。極限まで汎用性を突き詰めたパーツ構成と、異常と評されるほど卓越した操縦センス。それら二つによって、〈最強〉の称号を我が物とした伝説の男。

〈終いだ〉

 ゾッとするほど低い声。過去へ向かっていた意識が現実の戦場へ引き戻される。またもや砲弾の接近警報。離脱軌道に入っていた最後の僚機が破壊される。

「ジョーカー、あなたなのか!」

 私は無線のスイッチを入れ、そう叫んだ。

〈仲間を喪っても突っ込んでくるか、傭兵ウルフ

「T.E.Cを抜けたのか?なぜ!」

〈企業に拘る必要性が無くなった、そういえば十分かな?〉

「あなたの腕なら企業専属のほうが有利だ。そうでしょう!?」

〈甘いな、君は〉

「なに!?」

〈企業はもはやノーマルAFに興味はない。二年ほど前と比べ、ノーマルAF用の新技術がどれだけ減った?〉

「そんなの知りませんよ!」

〈半数だよ。ノーマルAFの技術は限界を迎えているのさ〉

「......技術限界?あり得るのか、そんなものが......」

〈代わりに現れたのはハイエンドAFだ。俺達ノーマルはお払い箱なんだよ〉

 ハイエンド機の存在。数日前に共闘したマドカの機体がそれにあたる。

「ハイエンドに置き換わると?」

〈当然だ。各企業専属の機体は順次置き換えが始まっている〉

「ならあなたもハイエンドに乗れば良かった。違いますか」

〈この機体を捨てろと?バカを言うな〉

 マーメードがブレードを振るう。後方に機体をずらし、青白い刀身をギリギリで避けた。

〈企業は傭兵組織を潰そうとしている。なぜそれが分からん!〉

「傭兵組織を?......なぜ」

〈金ばかりかかるからだよ。雇い兵を使うくらいなら、より強大な専属部隊を作ればいい。T.E.Cだろうが、オーバルジーンだろうが、デルタクティカルだろうが、どの企業も同じ考えだ〉

「......企業による完全支配、そのための尖兵......」

〈それがハイエンドAFだ。企業同士がいがみ合う単純な世界に、傭兵組織という中立は要らん。君たちは邪魔なんだよ〉

「私にはますます分からない。それを知っていて、あなたはなぜ企業を抜けた」

〈俺は高給取りでね。下手をすれば、シムズガンナーSGNよりも高い金でないと動かん。金がすべての専属ウルフとは、企業にとっては迷惑な話さ〉

「それが理由か。あなたがフリーランスのウルフとなった」

〈その通りだ。私は実際に殺されかけてね。白いハイエンドで、ウルフはトオルとかいう人間だった〉

「ハイエンドに狙われても生還?やっぱりあなたは異常だ」

〈褒めてくれたと認識すればいいか?ならありがたい〉

「あなたは何を目指す」

〈なんだと〉

「企業という檻を抜け出したあなたは、何を目指して戦うつもりなんだ」

〈愚問だな。俺に目指すものなどない〉

「それが本心ですか」

〈ウルフ、君はどうだ。AFで敵を殺す瞬間、なにか夢に近づく感覚があるか〉

「そんなものはない。ただ、その日を生き延びられた。私は生きるために戦う」

〈生きることが目標、とは。なんとも原理的な思考だな〉

 マーメードが右腕のバトルライフルを連射。横方向へのブーストダッシュで回避行動をとるが、至近発射された五十ミリ弾がバレルキャリーの左腕に着弾した。内部構造を破壊され、モニターに損傷表示が出る。装着していたプラズマ・ブレードを封じられる。

「ブレードが......」

〈そうだ。一つ一つの行動を奪われて死んでいけ〉

 至近戦闘でブレードを使えない。熟練したウルフであれば、それがどれほど恐ろしいかを知っている。

 超高熱の刃で物体を溶断するブレードは、攻撃範囲が限定される分、圧倒的な破壊力をもたらす。徹甲弾の脅威を減らす傾斜装甲だろうが、榴弾を無効化する爆発反応装甲リアクティブアーマーだろうが、プラズマの刃は関係なしに易々と切り裂く。

「クソッ!」

 使用不能に陥った左腕を、肩の爆破プラグを点火させてパージする。機体重量は軽くなるが、設定していたバランスに偏りが生じた。片手で操縦桿スティックを握り、もう片手でコンソールのキーボードを叩く。重量バランスの再設定だ。

〈悪いが依頼なんだ〉

 マーメードが機体を深く沈みこませる。何をする気だ......

〈死ね、ウルフ〉

 マーメードの左手が振るわれると同時に、機体が急接近してくる。ブーストダッシュと同時にブレードで攻撃する技術だ。こちらもブーストダッシュで後方へ移動。

 マーメードのブレードが胸部装甲をえぐる。返す刀で右脚部を切断された。

「マズい......!」

 機動力低下の警報。完全に動きが止まる。

〈はっはっはっは!無様だな〉

 ジョーカーの高笑いがスピーカーから響く。機動兵器としての優位性は完全に失われた。あとは死を待つだけだ。私は最後の抵抗をすることにした。操縦桿スティックを動かし、右手のライフルを持ち上げる。フラッシュハイダーのスリットが美しい銃口を、マーメードの胸部装甲に押し当てる。セレクターをフルオートに変更。

〈何を......〉

「こっちも死ぬわけにはいかなくてね」

〈やめろ!〉

 マーメードが再びブレードを起動する。

「すまんな、そっちが死んでくれ」

 引き金トリガーを引く。四十ミリ徹甲弾が、ほとんど零距離でマーメードに殺到する。複合装甲が一瞬で鉄屑になる。そして、コクピット内のウルフは肉片と化す。

 マーメードがこちらへ倒れ込む。右脚パーツを失ったバレルキャリーは、同じ白の機体を受け止める。

〈......対象の作戦領域離脱を確認。ミッション失敗よ〉

 ヘレナに無線で告げられる。私は言葉を返せない。コンソールを操作し、ボロボロになった機体のシステムチェックを開始する。

 破損パーツ多数、防御力低下、残弾四十、機動力喪失。導き出される結論は、作戦の続行が不可能であること。

〈やぁ、ジャック。無事かい〉

 どこかで聞いた声が無線から流れてくる。シムズガンナーの理事会の男だ。

〈取り逃がした人身売買業者は、別のウルフが追跡している。ご苦労だった〉

「......また依頼か」

〈なかなか察しがいいな。その通り、新たな依頼だ〉

「今度はなんだ。こっちは機体が死んでるんだ。依頼なんか受けられるわけがないだろう」

〈今、回収ヘリが向かっている。格納庫に運び込んで、最優先で修理させるよ。依頼文を読み上げていいかな〉

「勝手にしろ」

依頼者クライアントはT.E.C分裂派を名乗っている。デルタクティカルとの提携を良しとしなかった連中だな〉

「結局は内乱か。笑わせる」

〈分裂派は本社とデルタクティカルの提携調印式への襲撃を企てている。両社の幹部が一堂に会する大規模イベントだ。開催は28時間後〉

「どうせハイエンドを動員して警備に当たらせるのだろう。ノーマルでは勝ち目がない」

〈正面を切って戦えば、の話だがな。上空からの強襲戦であれば勝機はある。ハイエンド部隊は創設したばかりで、個々の能力は高いとは言えない〉

「......」

〈報酬は言い値だそうだ。受けるか〉

「分裂派とやらも随分と思い切ったことをする...依頼を受ける。まずは機体の修理を頼む」

 回収ヘリが、明るくなり始めた空を切り裂いて飛来する。

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ARMS FACE 立花零 @ray_seraph

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