7.Re:encounter

〈今回のミッションは人身売買業者の制圧。依頼主クライアント名義は警察団よ〉

「警察団?」

〈オーバルジーン社の拠点都市、オーバルシティの防衛組織で、本社の武装部隊とは区別されているわ〉

「つまり大都市の自警団か」

〈あるいは独自の武装集団ね。主力は歩兵と無人航空機U A V。それから対人兵装の純正AFよ〉

「作戦概要は分かった。投下してくれ」

〈了解。幸運をゴッドスピード

 ヘレナとの通信を切り、解放された輸送機の後部ハッチから飛び出す。対空攻撃兵器は無い、穏やかなHALOヘイロー降下だ。夜空を切り裂く白い愛機バレルキャリーは、作戦区域に入ったことを知らせるアラームを鳴らす。対地レーダーに、「警察団Police」のタグが付けられた対人制圧用AFの集団が映った。


 ある男は、夜が好きだった。道化師ジョーカーの異名を持つ男にとって、昼の日差しは明るすぎた。長年に渡って最強のウルフと謳われる男は、闇に紛れることでその称号を維持してきた。

 これからもそうなのだろうと、男はぼんやりと考えていた。いつまで?いつまでもだ。

〈付近にAFの反応を確認。ヘイ、用心棒。仕事だぜ〉

 雇い主の男から通信が入る。この男は、若くして人身売買組織の頭領となった。

「所属は?」

〈あぁ、シムズガンナーSGNだってよ。どうせ警察団に雇われたんだろうさ〉

「シムズガンナーね......」

 シートに収まったウルフは、ヘルメットの奥で冷酷な笑みを浮かべる。

「所詮は傭兵か」

〈待てよジョーカー。敵は一機じゃねえ〉

「数にものを言わせる戦術か?」

〈あぁ。警察団の機体が五機も随伴してるぜ〉

「武装は12.7ミリの対人機銃だけだろう。120ミリコイツで吹っ飛ばしてやりゃいい話だ」

〈頼もしいな、ジョーカー。なるべく時間稼いでくれよ〉

 男の声が深刻なものに変わる。

「部下が女を輪姦まわしてるんだ」

〈......フン〉

 下卑げびた笑い声が響く。それが不快でたまらなくなり、コンソールを叩くようにして通信を切った。

下衆ゲスどもが。今度は警察団側についてぶっ殺してやる」

 怒りの籠った悪態をつき、膝立ち姿勢で駐機していた機体を起こす。スリープ状態だったAFOSエイフォスが、自動でシステムチェックを開始した。

 奴らのようなクズは死ぬべきだ。たとえ、金を払ってくれるにしても。敵影がレーダーに映るまで、ジョーカーは姉との記憶を呼び起こしていた。

 優しい姉だった。学校で虐められて帰ってきたときも、姉は自分を励ましてくれた。詐欺行為に手を染めた両親がどれだけクズでも、姉弟二人だけは正しくあろうとした。

 彼女はたくさんの本を読ませてくれた。旧制度時代の本が多かった。異星人が地球を訪れ、空に居座り続ける物語。突如現れた化け物を殲滅するため、主人公が幾度とない時のループを経験する物語。本を焼いていた男が、不思議な少女との出会いを通して本を守る者へと変わる物語......

 二人なら、どれだけ辛くとも生きていける。常にそう思っていた。連日報道される企業同士の戦争だろうが、姉弟は生き抜くという意思で満たされていた。

 悲劇は起こった。彼が16歳のある日、帰宅した男は、旧制度時代から伝わることわざが間違いであることを知った。禍福はあざなえるなんとやら。災いが起こるのは仕方がない。しかし、姉弟二人が何をしたというのだ。二人の日常という幸せを、誰が恨んだのか。なぜ妬まれねばならなかったのか。

 なぜ唯一無二の姉が、陵辱の果てに殺されなければならなかったのだ。誰がやった?誰がやった?誰が、誰が、誰が、誰が、誰が、誰が、誰が、誰が......

 姉の死に顔は、絶望と恐怖に歪んでいた。誰がこんな仕打ちを。男は泣かずにいられなかった。誰もいないボロ家のリビングで、ひたすら泣き続けた。胃液をぶちまけ、臓物すべてを吐き出すような勢いで。二人がかりで押さえ込んでいた負の感情が、脆弱になった檻を突き破った。

 殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる......いくら時間がかかっても構わない。姉から人としての尊厳を奪った者を、この手で殺す。死体をバラバラに解体し、同じようなクズ共に送りつけてやる。見せしめだ。もうこれ以上、誰かが大切な人を殺されないための。無上の愛をくれた姉を荼毘に付しながら、彼は決意した。

 犯人はすぐに見つかった。家に入り浸っていた親戚だったのだから。そういえばこのクズは、しばらく前から来る度に、姉を異常な目付きで見ていた。

 あの女は良かった。薄笑いを混じえて語る親戚の首に、用意していたサバイバルナイフを突き立てた。殺気を感じさせずに、逃げる隙を与えないように、後ろから狙う。

 吹き出た鮮血が、くすんだ色の壁を染めていた。何かを喚こうと口を動かす。喋るな、生きる価値もないゴミ野郎が。

 親は何日も前からいなかった。違法行為がバレて警察団に連れていかれた、詐欺を仕掛けた相手に殺されたなど、様々な憶測が周囲で飛び交いはじめていた。犯罪者を放っておくのは、企業拠点である都市から離れたスラムの悪いところだ。しかし自身が殺人犯となった今、それは有り難くもあった。

 家中の刃物を総動員して、男の死体を解体する。これはあのチンピラ共に。この部分は、あの近所の保険金殺人犯に。すべて部位の宛先を決め、ビニールに納める頃には腐臭が漂い始めていた。

 シャワーを浴び、クローゼットを漁って新品の服を着る。姉の遺品のネックレスを付け、数回に分けて肉塊を運び出す。深夜のスラムを走り回り、ビニール袋を悪意が潜む場所に送り届ける。見せしめの過程は、日が昇ると同時に終わった。

 これからどうするか。家に帰る気にはなれなかった。誰もいないのだから。誰も帰ってこないのだから。

 ウルフになろう。それがいい。T.E.Cがウルフ候補を募集していた。ようやく見つけた、なりたいもの。最も報告したい人は、もうどこにもいない......


 敵の捕捉を知らせるブザーが鳴り響く。思い出の世界から引き戻された。レーダーに六つの光点が表示され、「ENEMY」の識別タグが付けられている。雇い主の言う通り、シムズガンナー所属機が五機の警察団の機体を率いていた。

 六機で一列並び、といった愚は冒していない。三機づつに分割し、それぞれが三角形を描くような行軍陣形。見事なパンツァーカイルだ。今日の敵は殺しがいがある。そう確信したジョーカーは、Hヘッド・Mマウント・Dディスプレイが揺れんばかりに叫んだ。

「面白い!見せてもらうよ、君の戦術」

 機体を再び膝立ち姿勢にし、背部の折り畳み式百二十ミリカノンを展開する。装填用ローディングアームがマガジンを叩き込み、コッキングハンドルを引いた。初弾が薬室チャンバーに掬い上げられる。弾種は曲射榴弾。長距離を放物線を描いて飛翔し、対象を頭上から攻撃トップアタックする。背面ジョイントを回転させ、砲身をコンピュータが算出した仰角に設定。火器管制システムFCSが、安全装置を自動解除した。

「射撃開始......避けてみろ、戦士ヴォエヴォーダ!」

 操縦桿スティックのトリガーを引く。右肩から伸びる大口径砲が火を噴き、長距離レーダーによって捕捉された敵に向かって榴弾が放たれた。百二十ミリの薬莢が側面から排出イジェクトされ、暗い荒れ地に落ちる。

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