僕はあの日、恋人を殺した。
榊 彼方
第1話
僕のせいだ。
彼女と出会ったのは、去年の春。新学期が始まってすぐ、転校生として僕のクラスにやってきた。腰を着くほどのブロンズヘア、吸い込まれてしまいそうな瞳。彼女は一瞬にしてクラスの人気者になった。もちろん、人気なのは見た目の可愛さだけではなかった。彼女は誰にでも優しい上に、好奇心旺盛なところがあって何事にも挑戦しようとする。そのくせ、ドジな一面があって思わず守ってあげたくなる。僕はいつしか、彼女のことを目で追いかけるようになっていた。
転校してきて1ヶ月も経つころには、放課後にカラオケに寄ったりするほど友達と仲を深めていた。いつも決まったメンツで行っているのだが、その中には男子も何人かいた。正直羨ましかった。僕は俗に言う普通の生徒だった。成績も平均的で、運動もそこそこにはできるし、友達もそこそこにいる。全てがそこそこな、そこそこの人間なのだ。彼女と遊んでいたのは、いわゆる一軍と呼ばれる人たちだった。僕も彼女と仲良くなりたい。そう思ったとき、僕の中の歯車が動き始めた。
僕は自分に自信をつけるために、毎日筋トレをした。街中を1時間以上ランニングする日もあった。2ヶ月後にある修学旅行までに、なんとか魅力的な男になってやろうと誓ったのだ。修学旅行が僕にとっては決戦の日になるだろう。なぜなら、つい3日ほど前に行われた班決めで、僕は彼女と同じ班になったのだ。その時初めて言葉を交わした。あまりの嬉しさにどんなことを話したのかさえ忘れてしまったけれど。ああ、修学旅行楽しみだな。
2ヶ月も経たないうちに、僕は10キロのダイエットに成功した。元々痩せている方ではなかったということもあり、割と見た目も変わったと思う。何よりも筋肉がついたことが嬉しくて仕方ない。あとは髪の毛をストレートにしてもらったり、一生懸命バイトしたお金で歯のホワイトニングもした。毎晩の小顔マッサージと、二重の癖付けの効果もあり、2ヶ月経つ頃には小顔も二重も手に入れることが出来た。準備は整ったのだ。
いよいよ待ちに待った修学旅行が始まった。
「優太くんおはよう!」
バスに乗り込むと、彼女の方から声をかけてくれた。彼女が僕の名前を呼んでくれた。それだけで舞い上がってしまい、なかなか彼女の名前を呼ぶことが出来ない。
「おはよう。」
とにかく挨拶をすることに必死で、結局話しを発展させることは出来なかった。バスの座席は指定されていなかったため、僕は窓側の席に腰をかけた。すると、突然彼女が僕の隣に座った。
「優太くん!隣座ってもいい?」
もう座っているのに確認する必要なんてあるのだろうか。
「うん、いいよ。」
僕がそう返事をすると彼女は満面の笑みで
「ありがとう!」
と言った。
僕はその時の笑顔を今でも忘れられない。
「私ね、ずっと優太くんと話してみたいなって思ってたの!」
彼女は僕のことをじっと見つめながら言った。
「ほんとに?僕も話してみたいって思ってたよ。」
彼女に惚れていることがバレてしまわないように、なるべく冷静なフリをして返事をする。
「優太くんって彼女とかいないの?」
もちろんいる訳がない。僕が好きなのは彼女なのだから。
「あはは、いないよ。そういう君はどうなの?」
我ながら上手く返せたと思う。
「私は、あんまり彼氏とか欲しいと思ったことなくて、」
「…そっか。もし、教えたくないなら無理にとは言わないけど、理由とかって聞いてもいいかな?」
彼女は小さく頷いた。
「最近私の両親が離婚しちゃって、転校もそのせいなんだけど、毎晩目の前で別れ話を聞いてたから…」
急な重い話に驚きを隠せてなかったのだろうか、彼女は僕の顔色を伺ってきた。
「ごめん、少しびっくりしただけだよ。気にしないで。」
彼女は少し遠慮するような素振りをみせたが、続けてこう言った。
「誰かを好きになって、両想いなって…その時は幸せになれるかもしれない。でも、終わりがくるのが怖いの。いつかは嫌われちゃうんじゃないかって。」
「…そっか。話してくれてありがとう。」
僕はこう言うことしか出来なかった。
「なんか、重い話になっちゃったね!せっかくの修学旅行なんだし、もっと楽しい話の方がいいよね!」
この時の彼女の笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
修学旅行の間、僕は彼女からたくさんの質問を受けた。誕生日だの、血液型だの、好きな食べ物だの。聞かれる内容はどれも小学生みたいなものばかりだったけれど、彼女と話している時間は楽しくてあっという間に過ぎてしまった。班行動とはいえ、僕は基本彼女と行動することが多かったと思う。というのも、彼女が僕から離れようとしなかったからだ。内心、僕は喜びと疑問で複雑な気持ちだった。だから、その日の夜あんなことを聞いてしまったのだ。
修学旅行は本来の予定よりも早く、一日で終わってしまった。バスが学校に到着すると、大勢の保護者と先生方が待ち受けていた。それに、僕の隣の席に彼女はいない。窓側の座席に一人きりでここまで帰ってきた。今日はもう、早く家に帰って寝よう。寝れば忘れられる。嫌なことも、楽しかった思い出も。
家に帰ってすぐ、僕は部屋に閉じこもった。荷物を片付けなければいけないことは分かっていた。でも、それどころではなかった。どうしても、調べなければいけないことがあったのだ。パソコンの電源をつける。真っ暗な部屋にパソコンの明かりだけが灯る部屋のなか、ただひたすらに画面に齧り付いていた。
あれから何時間が経ったのだろう。僕はどうやら眠ってしまっていたようだった。カーテンを開けると、そこには青空が広がっていた。まるで僕を嘲笑うかのように雲ひとつない快晴だ。
窓から差し込む日差しは、僕の机の上のパソコンを照らしだす。
検索履歴 「楽に死ねる方法」「自殺するためには」
この日は学校が休みになった。修学旅行が途中で中止になってしまったからだ。しかし、僕はどうしても学校に行きたかった。学校に行けば何かが解ると思ったからだ。
重い体をなんとか起こし、学校へ向かう。昇降口へ辿り着くと、後ろから誰かに呼び止められた。
振り向くと、そこには校長先生が立っていた。そう、僕は修学旅行を中止にしてしまった張本人だからだ。
言われるがまま校長室のソファに座る。校長先生は怒っているのか呆れているのか分からない表情をしている。僕は校長先生の顔を見て、何も言えなくなった。
「佐々木優太くん。何があったのか話しなさい。」
絶対に話したくなんてない。話してたまるか。
あれは、僕と彼女の、2人だけの思い出なんだから。
「なぜ黙っている。質問に答えなさい。」
僕は校長室から走り去った。学校を出て、家とは反対方向に向かってただひたすらに走った。
走り続けて、やっとどこかの河川敷に辿り着いた。
ここなら追ってこないだろう。僕はその日を境に、二度と家には帰らなかった。
修学旅行一日目の夜、僕はこっそり部屋を抜け出して、ホテルのバルコニーで彼女と会う約束をしていた。彼女は僕よりも先に着いていた。僕は勇気を振り絞って彼女に声をかける。
「待たせちゃってごめん。」
彼女は微笑みながら言った。
「ううん、全然待ってないよ!今来たところ!」
心臓が苦しくなる。脈がどんどん早くなっていくのがわかる。でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。僕はその日、彼女に告白すると決めていた。
お互いに黙りきったまま、時間だけが過ぎていく。
「あのさ、」
僕は勇気を振り絞った。
「ずっと前から好きだったんだ。付き合って欲しい!」
僕は怖くて、彼女の顔を見ることが出来なかった。
数分の間沈黙が続く。きっとだめだったんだな。諦める決心をして彼女の方へ目を向けると、彼女の目には涙が浮かんでいた。そして彼女は涙をうかべたままこう言った。
「あーあ、両想いになっちゃったね。」
その言葉を最後に、彼女はバルコニーから飛び降りた。
「遥!」
その時初めて、僕は彼女の名前を呼んだ。
僕はあの日、恋人を殺した。 榊 彼方 @sakaki_kanata
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