マウント支援センター

Meg

マウント支援センター 1話完結 脚本形式

◯港区・高層ビル・広告代理店のオフィス(朝)

   女性が多い職場。

   カツカツとハイヒールが鳴る。長い巻き髪をはためかせ、ブランド物のバッグや服で身を固めた美戸みと瑠衣るいが、オフィスに入る。

   メガネにひっつめ頭、ノーメイクの和子や、取り巻きの地味グループが、瑠衣を見るなり感嘆の声をあげる。

 

和子「瑠衣ちゃん一段と素敵だね」

 

   瑠衣は彼女らを値踏みするような目で眺める。服も靴もヨレヨレ、安っぽい。

   瑠衣は彼女らを無視し、まっすぐ歩いていく。

   行き先は、おしゃべりしているキラキラ女子グループ。みんな流行り物を身につけている。

  

キラキラ女子1「今日のランチどうするの?」

キラキラ女子2「ショネルタワーのレストランにしない? この前彼氏と行ったけどヤバかったよー」

   

   瑠衣はキラキラグループの前でポーズを決め、

 

瑠衣「私も行っていい?」

 

   キラキラグループは眉をひそめる。

 

キラキラ女子3「いいけど高いよ。美戸さんお金大丈夫?」

瑠衣「大丈夫大丈夫。この前商社の彼氏に奢ってもらったの」

 

   キラキラグループの目の色が変わり、スマホを取り出す。

 

キラキラ女子4「ふーん商社……」

 

   インスタの瑠衣と彼氏の写真に、100いいねがついている。

   瑠衣は満面の笑み。

   

瑠衣・N「田舎を出て必死で就活したのはキラキラ女子になるため。今月の貯金は尽きるけどがんばるもん!」


   オフィスの入り口からカツカツ、コツコツとハイヒールが鳴る。キラキラ女子三人衆がやってくる。

   流行り物で身を固めた愛流あいる

   海外女優ファッションの紗錬しゃれん

   ゆるふわファッションの絵留える

       

愛流「おはようございまーす」

紗錬「グッモーニン」

絵留「おはようございますぅ」

 

   キラキラ女子たちは沸き立ち、

 

キラキラ女子5「愛流ちゃんその鞄、オルデの新作でしょ。シャレンと絵留さんのも」

 

   三人衆は、さもびっくりしたように、 

 

愛流「そうなの?」

紗錬「アイドントノー」

絵留「知りませんでしたぁ」

 

   まとわりついてくるキラキラ女子に愛想をふりまきながら、三人はデスクに座る。瑠衣の両隣と、前の席。

 

紗錬「アタシのはアメリカライフ時代のエクスボーイフレンドにプレゼントされただけ」

絵留「絵留はかわいかったからパパに買ってもらいましたぁ」

 

   愛流は細く長い足を組み、

   

愛流「私は彼氏に買ってもらったの。読モの仕事で忙しいから、こんなときくらいしかお金使う暇がないって」

キラキラ女子1「読モの彼いいなー」

キラキラ女子2「愛流ちゃんも読モだもんね。すごーい」


   勇気を振り絞った瑠衣が、愛流に話しかける。

 

瑠衣「あ、ねえ。今日のランチなんだけど……」

 

   愛流、紗錬、絵留の3人は、一瞬だけ、瑠衣をジロッと値踏みするような目で眺める。ふいっと顔をそむけ、キラキラ女子グループに、

   

愛流「今日のランチはタクシーで六本木ヒルズの最上階ね。シャレンの推しのとこ。ばえるよー」

 

   愛流は「ほら」と、キラキラ女子グループにインスタを見せる。高層ビルの高そうなレストランで自撮りしている愛流、紗錬、絵留の写真。1000いいねがついている。

   

紗錬「モストフェイマスなイタリアンシェフがマネージメントしてるの。キュイズィニエールもスペースもベストオブベスト」

絵留「パパのカードでタクシー代もお料理も全部おごりますぅ」

 

   みんながキャッキャと話している後ろで、瑠衣はパソコンのキーボードを力一杯叩く。

   

 

◯ハイブランドのアパレルショップ

   瑠衣が服を漁っている。タグを見て嘆息し、商品を戻す。

   歩きスマホで見るインスタには、キラキラな写真が溢れている。食べ物。風景。彼氏。


瑠衣「キラキラってお金かかる。あの人たちは家がお金持ちだから、仕事も社会経験程度のつもりだろうけど」

 

   すれ違いざま、スーツの男(金坂)と肩がぶつかる。瑠衣はよろける。

   金坂は深々と頭を下げる。

   

金坂「も、申し訳ございません……おや? インスタを見ていらっしゃる?」

瑠衣「え? まあ」

金坂「キラキラしいですなぁ」

 

   瑠衣はスマホを隠す。


瑠衣「別に。もっとキラキラした子はたくさんいるし」

金坂「あなたは自分のキラキラ度合いに満足していないと?」

瑠衣「は?」

 

   金坂は額に手を当て、首をしきりに振る。

 

金坂「もったいない。あなたほどの輝ける方がその栄光、満足感を十分に味わえないなんて」


   瑠衣は不気味がり、後退る。

   金坂は名刺を差し出す。


金坂「わたくしならお手伝いできるかも。いえ、させてください」


   名刺には、金坂の名前と、「Mount Position支援センター」の名が印字されている。

   

瑠衣「マウントポジション? なにそれ」

 

   金坂が手をこすり、

   

金坂「MP支援センターでは、輝ける女性をより輝かせるサービスを提供します」

瑠衣「(ボソッと)うさんくさ」

金坂「コンサルティングと実際的な支援を行いますよ」

瑠衣「何の目的で?」

金坂「あなたのような女性に輝いていただくためです。一例として、こちらが弊社でサポートした女性になります」

 

   金坂が取り出したスマホを、瑠衣がのぞきこむ。

   数々の写真を見せられる。笑顔の女性、鞄、服、ネイル、旅行、彼氏、レストラン。ピカピカのキラキラ。

   全部1000いいね越え。


瑠衣「(驚き)この鞄ショネルの新作じゃん。来月発売するヤツ。なんでこの人持ってるの?」

金坂「すべて弊社で用意いたしました。ファッション、アクセサリー、レストラン、旅行の手配」

瑠衣「彼氏も?」

金坂「彼氏もでございます。いかがです? 弊社のサービスを受けませんか?」

瑠衣「でも高いんでしょ」

金坂「当社のサービスは無料でございます」


   瑠衣は口をあんぐり開ける。


金坂「輝けるポテンシャルを持つ女性だけが選ばれますので。ただ、審査基準と条件がございましてね」

 

   瑠衣は嘆息し、踵を返す。

 

瑠衣「やっぱ結構です。すみません」

 

   金坂はにこやかに、

 

金坂「ご入用の際は、いつでもご連絡ください」

 


◯ビアガーデン・ベランダのテーブル席(夕)

 

   道路に面した、グリーンカーテンが垂れた小洒落た店。

   会社の女性たち(キラキラ女子グループや地味グループ)が、ジョッキをカツンと突き合わせる。

 

キラキラ女子1「乾杯!」

 

 地味グループの女子が、瑠衣に声をかける。

 

和子「瑠衣ちゃんネイルかわいいー!」

地味女子1「インスタで見たよ。友だちのネイリストにやってもらったんでしょ」

地味女子2「すごーい」

 

   脚を組んだ化粧バッチリの瑠衣は、地味グループを無視し、渋い顔でスマホを見ている。銀行口座アプリに表示された預金は、0円。

   キラキラ女子グループが、瑠衣に睨むような目を向けてくる。

   

キラキラ女子3「美戸さん、友だちってどこの店の人?」

キラキラ女子4「紹介して?」

 

   食事を運ぶ男の店員が、瑠衣の方をちらりと見る。

   瑠衣は得意になる。

   向こうの道路から、外車が走ってくるのが見える。

   

キラキラ女子5「あれ何? 本物?」

 

   外車がキキッと音を立て、店の前で停まる。

   中から、ハイヒールを穿いた、バッチリメイクのキラキラ女子三人衆が降りる。


キラキラ女子1「えー!愛流とシャレンと絵留ちゃん?」

   

   男の店員が二度見する。


キラキラ女子2「運転席の人、愛流ちゃんの彼氏? イケメンじゃない?」

愛流「うん。うちの近所に、あ、港区ね、引っ越してきたからついでに送ってもらったの。シャレンと絵留も家が近いからねー」

キラキラ女子3「ていうかその服海外ブランドの新作でしょ」

愛流「そうなの? 適当に買ったから知らなかった」

キラキラ女子4「すごーい」

キラキラ女子5「愛流はモデルだから歩き方からして違うよねー」

 

   愛流は自撮りする。

   

愛流「今日は楽しい日。インスタにあげよ」 

キラキラ女子1「私も入れて!」

 

   キラキラ女子たちが愛流のインカメラの画面の中に入ろうとする。

   瑠衣は憎々しげにしている。



◯港区・高層ビル・真っ白なオフィス

   パーテーションで区切られた区画に、瑠衣が入る。

   

瑠衣「ここ、うちの会社の真上のテナントじゃん」

 

   腰を低めて手をこする金坂が、瑠衣を出迎える。

   

金坂「ようこそ。瑠衣さまは審査を通過しました。さっ、こちらへ」

 

 

◯同・パーテーション

   金坂と白い机を挟んで座る瑠衣。

   

金坂「まずはカウンセリングです。ご希望をどうぞ」

瑠衣「外車持ちのイケメン彼氏がほしいんです。ブランドの新作ワンピースも。あとモデルになりたくて」

金坂「なるほどなるほど」

 

   金坂は、タブレットにメモをする。

 

金坂「ふむ。今ご必要な支援は、彼氏、高級ブランドの新作ファッション、モデルの三本柱ですかな?」


   瑠衣はコクコク頷く。

 

金坂「ところで契約書に書かれた事項ではあるのですが、三つほど念をいれて確認したい重大な規則がございます」

瑠衣「え?」

金坂「この規則を受諾いただけなければ、弊社はサポートをいたしかねます」

 

   瑠衣はゴクリと唾を呑む。

 

金坂「ひとつ、金銭の授受はお断り。ふたつ、一度叶えたご希望は二度叶えません。みっつ、ご希望がお客さまの安全に関わる場合、または警察等の公共機関の介入がある場合、ご期待に沿いかねます」

 

   瑠衣はホッとする。

 

瑠衣「ま、構わないけど」

金坂「ではこちらへ。ここからは専属AIコンシェルジュがサポートいたします」

 

   金坂が椅子から立ち上がり、パーテーションの壁を軽く押す。

   壁の向こうから、ワンルームアパートくらいの広さの部屋が現れる。

   たくさんの服が用意され、ランニングマシンなどのトレーニング器具が置かれている。

   壁のスクリーンに、ニコニコした金坂の顔が映っている。

   

AI金坂「AI金坂でございます」

 

   瑠衣は驚きの声をあげ、服を漁る。

 

瑠衣「ショネルの新作じゃん。来月発売の」

AI金坂「瑠衣さまにお似合いの最新のファッションをご用意いたしました。スタイル、歩き方についても支援します」

 

   瑠衣は瞳を輝かせ、

  

瑠衣「結構よさげ」



◯高層ビル・大会議室 

   電気が消された部屋、前方の大スクリーンの脇に、紗錬、絵留、愛流が立っている。

   社内の報告会。

   同期、中間職、役員レベルの社員が集まっている。


紗錬「……セカンドクオーターのリザルトからマネージメントステップのインプルーブメントをコンダクティングイズポッスィブル……」

絵留「上半期の結果からぁ、経営段階の向上が実行可能だとぉ、絵留は思いますぅ」

愛流「ご清聴ありがとうございました」

 

   拍手が上がる。

   中間職の部長が囁き合う。

   

部長1「あの子たちなかなかだね。特に最後の子はモデルらしい。グフフ」

部長2「おいおい、今時はセクハラで訴えられるぞ」

 

   司会がマイクを持ち、

   

司会「えー、では次は美戸さん。えー、美戸さん。えー、いませんか? えー」

 

   社員たちがざわざわする。

 

キラキラ女子1「美戸さんサボりかな」

キラキラ女子2「愛流たちの次だもんね。やりたくないよ」

 

   愛流、紗錬、絵留は、フンと鼻で笑う。

   扉が開かれ、カツカツとハイヒールが鳴る。

   ブランドファッションとゴールドアクセサリーで身を固めた、スタイル抜群の瑠衣が、会議室をモデル歩きでまっすぐ進む。

   社員も部長も役員も、目をパチクリさせる。

   瑠衣は壇上まで来ると、司会からマイクを受け取り、

 

瑠衣「我が社はグローバル化を標榜し、外国人も積極的に採用しています。そこで私のプレゼンは英語で発表します」

 

   社員がざわめく。

   瑠衣はプレゼンを始める。

 

瑠衣「So I will introduce the management accounting of the second quarter of the year of our company……」

 

   役員たちがひそひそ話す。

   

役員1「あの美戸って子は何者だ? なんで総務なんかにいる」

役員2「人事部長、人事はどうなってる?」

 

   苦虫を噛みつぶしたような顔の愛流、紗錬、絵留。

 

 

◯オフィス

   瑠衣の周囲に、キラキラグループの女子が集まっている。

   

キラキラ女子3「瑠衣英語ペラペラー」

瑠衣「彼氏にプレゼンがあるって言ったら教えてもらったの」

キラキラ女子4「彼氏?」

瑠衣「彼、イギリス留学の経験あるから。みんなの前に出るならって、服もプレゼントしてもらっちゃった」

キラキラ女子5「えー? 例の商社の?」

瑠衣「ううん。弁護士。ちなみにハーフ。ほら」

 

   インスタを見せる瑠衣。

   ハーフ顔のイケメンと肩を組んでいる瑠衣の写真。タグづけされた彼氏の名前を辿っていくと、プロフ欄に弁護士と書かれている。

   

キラキラ女子1「えー! すごーい!!」

 

   愛流、紗錬、絵留は、カタカタと無言でキーボードを鳴らす。

   瑠衣は優越感を得る。

   地味グループの和子が、愛流たちに、

   

和子「愛流ちゃんたちもすごかったよ。部長たちがザワザワしてたもん」

 

   愛流たちは和子を無視する。余計いらだつ。

 


◯ビル・レストラン

   テーブルで盛り上がっている、瑠衣やキラキラ女子グループ。

   

キラキラ女子2「こんないいレストランあったんだ」

キラキラ女子3「瑠衣、どうやって見つけたの?」

瑠衣「秘密秘密。それより写真撮ろう」

 

   自撮りする瑠衣。

   あっという間に1000いいねがつく。

 

 

◯街(夕)

   街を歩く瑠衣とキラキラ女子。

   

キラキラ女子4「瑠衣もっと飲もー」

瑠衣「ごめん。今夜は……」

 

   会社の前に高級外車が停まる。

   運転席の窓から、かなりのイケメンが手を振っている。

 

イケメン「ルイ!」

 

   瑠衣は車に乗り込み、

 

瑠衣「ごめん、今夜と明日は彼氏とドライブなの」

 

   キラキラ女子が羨望の眼差しを向ける。

 

  

◯走る車の中(夜)

   助手席に座る瑠衣は、窓を開ける。湘南の海が見える。

   

瑠衣「(景色に向かって)最っ高ー!」

 

   運転しているイケメンが、マスクを取る。汗だくの金坂の顔が現れる。靴は厚底。

   

金坂「ふう。暑い暑い」

 

   瑠衣の下半身はジャージ。足を何度も上げ下げし、腹筋を鍛えている。合間にサプリを飲む。

   天井から垂れる薄型液晶モニターに、AIコンシェルジュの金坂が映っている。

   

AI金坂「gasの発音はガではなくギャです。はいもう一度、わたくしと一緒に。ギャ」

瑠衣「もう飽きた。それより彼氏もっとイケメンにしてよ。この前街でもっとイケメン見たの」

AI金坂「はい。お好きな箇所を補正します」

 

   画面にイケメンの顔写真が出る。

   本物の人間の顔のように精密。

   

瑠衣「光強くして。鼻の位置をもう少しおろして。頬骨はもっと狭く」

 

   瑠衣の指示通り、写真が補正されていく。

   運転席では、金坂がスピーカーフォンで会話している。

   

金坂「ふむ。そうか。瑠衣さま、デオールの新作ネックレスが入荷したそうですが」

瑠衣「ああ、つけるから取っといて」


   瑠衣はスマホで自撮りを始める。

   

瑠衣「湘南で彼氏とドライブしてまーす。金坂さんちょっとずれて」

金坂「はあ」

 

   金坂が身体を反らせる。瑠衣はイケメンの画像と一緒に自撮り。インスタに写真をあげる。

 

瑠衣「これでさすがに愛流ちゃんたちも私を認めてくれるよね。こんなに努力してるんだもん」

 

   瑠衣はインスタを見る。ギョッとし、悲鳴をあげる。

   金坂が飛び上がる。

 

 

◯オフィス

   愛流、紗錬、絵留が、キラキラ女子グループに囲まれている。

   三人の左手の薬指には、宝石のついた指輪が嵌っている。

   愛流のには、キラキラのダイアモンド。

   紗錬のには、キラキラのルビー。

   絵留のには、キラキラのサファイア。

   

キラキラ女子1「愛流は読モだから、インスタでものすごい反響あったよねぇー」

キラキラ女子2「しかも港区一の大病院の医者だよ」


   インスタに投稿されている、結婚報告と指輪の写真。1万いいねが付いている。

   

キラキラ女子3「シャレンと絵留ちゃん彼氏いたの? 教えてくれればよかったのに」

紗錬「アイムソーソーリー」

絵留「ごめぇん」

キラキラ女子4「三人とも仕事はやめるの?」

愛流「子どもが生まれたら主婦よ。やっぱ結婚が女の幸せだからね。結婚してなきゃ女はねぇ。あはは」

 

   瑠衣はキーボードに勢いよく指を叩きつける。反動で、ゴテゴテの付け爪が剥がれる。

   慌てて付け爪を付け直す瑠衣に、和子が尋ねる。

   

和子「瑠衣ちゃん、私たちと女子会しない? 瑠衣ちゃんの彼氏の話を……」

瑠衣「(そっけなく)行かない」

和子「(申し訳なさそうに)ごめん……」

 

 

◯MP支援センター

   金坂と向かい合った瑠衣が、ドンっと机を叩く。

 

瑠衣「結婚! 結婚がしたい!」

金坂「(困る)ううむ、結婚となると婚姻届け等の公的な手続きが必要でして……」

瑠衣「できないの? 女性を輝かせるためにこの会社はあるんでしょ! 結婚できなきゃ女は輝けないよ?!」

 

   金坂はオロオロと、

 

金坂「手配いたしましょう。ただし結婚のポーズ、つまりSNS等から一般的に判断できる、外見において夫婦という形になりますがよろしいですか?」

瑠衣「よろしいです!」

金坂「お相手はご希望は?」

瑠衣「セレブ!」

金坂「はあ、セレブ……」

瑠衣「セレブ一択!」

 

 

◯教会・結婚式場

   愛流の両親、会社の女性社員、部長、役員が座っている。

   十字架の前の外国人の牧師が、

   

牧師「新婦ヨ、アナタハ健ヤカナルトキモ病メル時モ愛ヲ誓イマスカ?」

 

   ウェディングドレスを着た愛流、背の高い新郎と腕を組みながら自撮りしている。

   

神父「愛ヲ誓イマスカ?」

 

   バシャバシャ撮っている。

 

神父「愛ヲ……」

愛流「今写真撮ってるので待ってもらえません?」

神父「愛……」

 

 

◯教会の外

   笑顔の愛流が、来場者にブーケを投げる。

   真っ白なウェディングドレスの瑠衣が、パシっとブーケを受け取る。

 

瑠衣「愛流ちゃんありがとう。私幸せになるね」

愛流「あ……!」

 

   瑠衣は白スーツのイケメンと腕を組んでいる。

 

イケメン「瑠衣、この人たち誰?」

キラキラ女子1「えー? 美戸さん?」

瑠衣「私も隣の教会で結婚式なの。急に彼が式をしようって」

キラキラ女子2「いつの間に……」

キラキラ女子3「その人、前に言ってた外資の弁護士?」

瑠衣「ううん。外資系IT企業のCEOだよ」

 

   キラキラ女子の目の色が変わり、驚きの声をあげる。

 

瑠衣・心の声「(ほくそ笑み)なーんてね。MP支援センターに用意してもらったレンタル彼氏です」

キラキラ女子4「瑠衣! 今から瑠衣の結婚式に参加していい?」

キラキラ女子5「私も!」

 

   キラキラ女子が瑠衣に殺到する。

   愛流が地団駄を踏む。

   パリパリパリパリと上空から轟音が轟く。みんなが空を見上げる。

   

紗錬「ヘイ! ハーウァーユー!」

 

   ウェディングドレスの紗錬が、ブーケを持って手を振っている。運転席には、白い新郎の服を着た男。

   

キラキラ女子1「紗錬ちゃん? なんでヘリに?」

紗錬「(ヘリから叫ぶ)海外モデルとマリッジすることになったの。結婚式はスカイウォークでハワイまで行くの」


   紗錬はブーケを投げるポーズをする。

 

紗錬「ブーケトス! ゴー!」

キラキラ女子2「紗錬ちゃん、こっちに投げて!」

キラキラ女子3「いやこっちに!」

 

   キラキラ女子は紗錬に夢中。ぽつんと取り残された瑠衣と愛流。

   すると、ヘリより高い位置に、白い気球が浮かぶ。乗る部分の底からは、何本ものバラが下がっている。

   

絵留の声「みなさぁん、ごきげんよぉう」

キラキラ女子4「あの声は、絵留さん?」

絵留「絵留も今日が結婚式なんですぅ。スカイウォークでタヒチまで行きますぅ。ちな、夫はモデル業とIT企業のCEOをやってる海外セレブでぇす」

 

   キラキラグループは顔を見合わせる。

 

絵留「今からブーケ投げまぁす」

キラキラ女子1「絵留さん、こっちこっち」

キラキラ女子2「取れそうなところに行くから待ってて!」

 

   キラキラグループが、絵留の気球の下へ走る。

   怒った紗錬が、運転席に叫ぶ。

   

紗錬「聞いてない! ちょっとあんた、気球に寄って! 絵留にひとこと言ってやる」

 

   ヘリは気球のほうへ上昇する。

   

紗錬「(叫ぶ)私の結婚式を邪魔すんな!」

絵留「聞こえませぇん」

紗錬「(運転席に)もっと近づいて!」

 

   ヘリがさらに気球へ近づく。

 

紗錬「だ、か、ら、私の結婚式を邪魔すんなって言ってんの!!」

絵留「じぇーんじぇん聞こえましぇーん」

紗錬「ふざけんな! ねえ、もっと近づいて!」

 

   ヘリがどんどん気球に近づく。

   

絵留「(不安げな声)ちょっとぉ、近づきすぎじゃないですかぁ?」

紗錬「私の結婚式を邪魔すんなー!!!」


   ヘリが気球に突っ込む。

   ヘリも気球も教会に墜落する。

   教会が燃える。

   地上の全員が立ちすくむ。

   

瑠衣・愛流「私の結婚式……」


 

◯MP支援センター・パーテーション

   瑠衣がドンっと机を叩く。

 

瑠衣「結婚式! もう一度やり直ししたい!」

 

   金坂がペコペコと、

 

金坂「一度叶えたご希望は、二度以上叶えることができない規則になっておりまして……」

瑠衣「私はどうしても結婚式がしたいの!」

 

 

◯同・隣のパーテーション

   困り顔のコンシェルジュの前で、愛流がバシバシと机を叩く。イケメン彼氏の写真が載っている。

 

愛流「こんな相手じゃ全然足りなかった! もっといい人相手用意して!」

 

   合間に大量のサプリの錠剤をボリボリ貪る。

 

コンシェルジュ「申し訳ございません。一度叶えたご希望はですね……」

愛流「あんな旦那じゃインスタにあげられないよ! こっちには金持ち生活のフリしてきた借金がかかってんのよ?」

 

 

◯同・隣のパーテーション

   骨折した腕をプラプラさせながら、紗錬がコンシェルジュ相手に話している。

 

紗錬「ホスピタルはニューヨークがいい。それかロンドン。ブレックファーストはバイキング、サパーがワイン。絶対ね」

コンシェルジュ「お客さまの安全が損なわれるご希望は、ご期待に沿いかねます」

紗錬「ニューヨークかロンドン! じゃなきゃ絶対許さない!」

 

 

◯同・隣のパーテーション

   コンシェルジュに詰め寄る絵留。

 

絵留「金や金! 金出せや!」

コンシェルジュ「申し訳ございません。金銭の授受は規則により禁止されております」

絵留「気球とヘリと教会その他諸々の損害賠償をなんで全部ウチが払わならんのや! 突っ込んできたのは向こうやろ!」

コンシェルジュ「お客さま自身のトラブルや、警察と保険会社の決定には介入できない規則でして……」

絵留「過失割合10:0で完っ全に向こうが悪いやろ! 保険会社でも払いきれなくてパパの会社倒産してもぉたんやで!」


   コンシェルジュの胸ぐらをつかむ絵留。

   

 

◯同・パーテーション

   いきりたつ瑠衣。電話をする金坂。

 

金坂「まことに残念ですが、審査により瑠衣さまへの支援は打ち切りになります」

瑠衣「は? 急になんで……」

金坂「それでは」

 

   金坂は壁を少し押す。できた隙間にするりと滑り込み、消える。

   瑠衣が壁をドンドン叩くが、壁は動かない。

 

 

◯劇場

   暗い。前方のスクリーンに、壁を叩く瑠衣や、愛流や、紗錬や、絵留が映っている。

 

瑠衣の声「金坂さん! 開けて!」

愛流の声「インスタに上げられる人と結婚したいだけなの!(ボリボリ薬を食べる)」

紗錬の声「NYかLONがダメならパリで」

絵留の声「金金金!」

 

   金坂が暗闇の中を歩く。

 

金坂「いかがでしたか? みなさま」

 

   パッと暖色の明かりがつく。

   劇場のふかふかの椅子に、和子ら地味グループが座っている。


和子「満足しました。そろそろ帰ります」

 

   地味グループは帰り支度をしながらしゃべる。

 

和子「今日もひどかったー。結婚相手なんて一生一緒に住む人なんだから、自分に合う人を探せばいいのに」

地味女子1「見栄張るのに借金するのもね。どんだけ虚栄心強いんだよ。サプリで腎臓死ぬよ」

地味女子2「全身複雑骨折してまで海外にこだわる理由って何? ウケる」

地味女子3「絵留ちゃん面白いからもうちょっと見たい。審査打ち切りは後にしよ」

 

   金坂が腰を低め、手をこすりあわせる。

   

金坂「月額見放題のプレミアムプランもよろしくお願いします」

和子「プレミアムプランもいいね」

地味女子4「この場所のお金もあの人たちを転がすお金も、私たちがもっと出せばもっと出るし」

地味女子5「あの人たち見てればまともに生きようって思える。人生で相対的に見たら安いよ」

 

   和子たちは笑いながら、劇場をあとにする。

   劇場の明かりが消え、暗くなる。

   金坂の顔には、笑顔が貼り付いている。

   

金坂「人よりよく見られたい。称賛されたい。優位に立ちたい。誰の心にもあります。マウントを取る他人を嘲笑い、優越感を覚える彼女たちの心の中にも。彼女たち全員を笑っている、そこのあなたの心の中にも。ご入用の際は弊社にご連絡を」

 

   金坂は暗闇の中へ消える。

 

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