飛び込み営業

505号室

『飛び込み営業』



『飛び込み営業は、最悪だ。』



暗鬱とした感情が、つい口をついた。

いつからこんな風になったのか


俺、篠渕渉は今年オフィス用品を取り扱う商社に入社した。

規模は大きくなく、大学での怠惰な生活に比例するかのような小さな会社だ。

この会社に入ったことが、ただでさえ少ない運のツキだったといえるだろう。


旧態依然とした根性論が横行し、罵詈雑言のパワハラなど日常茶飯事である。

まあもちろん能力のない自分がいけないのだが。


逃げるように外回りに出たところで、

飛び込み営業という地獄の業務が待っている。

回れど回れど、門前払いをくらい、会ってもらえた所で怪訝そうな顔で追い出される。

契約せざるを得ないような状況に持ち込めればいいのだが、そんな能力があるわけもなく。


この世界のどこにも自分の居場所などないのだと痛感させられる。


『おい篠渕、てめえは本当になんもできねえな。生きてる価値もねえよ。』

会社を出る直前に、上司に言われた言葉が頭の中で何度も何度も何度も反響している。


自分の中の暗鬱とした感情が、ブクブクと沸騰して怒りに変わっていくのを感じた。


電車が近づいてくるのが見える。

急に自分の中でなにかタガが外れた気がした。


『これもある意味直帰か?』

自嘲的につぶやきながら、俺は跳んだ。

俺でも死ぬぐらいのことならできるのだ。


音が消え、周囲がスローモーションになる。

走馬灯って本当にあるんだななんて、のんきなことを考えていた。

するとフッと脳内に様々な映像が浮かんだ。


一昨日コンビニで買った杏仁豆腐、高校生のころから聞いている好きな芸人の深夜ラジオ、

来週のジャンプ、FF7のリメイク…


家族も恋人も登場しない自分の走馬灯にあきれてしまった。

まあいたこともない恋人に出演交渉などできる訳もないが。


しかしながら内容のしょうもなさとは裏腹に、走馬灯が及ぼした影響は絶大だった。

こんな俺にも明日起きるための理由はあったのだ。

身の回りにはこんなにも幸せがあふれていた。


死にたくない。

心から思った。


しかしもう取り返しはつかない。

俺はこんな時まで選択を間違えるのか。


ゆっくりと、しかし確実に迫ってくる列車の形をした死。

それを直視したくなくて、目を閉じた。







『お忙しいところ恐縮ですが、ただ今お時間よろしかったでしょうか?』


突然、明るい声が響いた。


驚いて目を開けると、背広を着た男がホームから、名刺を差し出していた。

『私、死神でして。本日寿命に関するご提案をさせていただければと思い、参りました。』

いやになるほど場にそぐわない笑顔を張り付けている。


事態をのみこめないまま名刺を受け取り、あたりを見回した。

周囲は固まったかのように動かなくなっており、俺の体は空中で静止していた。

漫画でよくある時間停止といったやつだろうか。


そんなことを考えていると、背広の男が笑顔を張り付けながら、

『只今お時間よろしかったですか?』と話しかけてきた。


『は、はい…。』

空中で固まっているだけの俺は、そう答えるほかなかった。


『ありがとうございます。』

『単刀直入に申しますとですね、お客様のこの先の寿命15年分と引き換えに、この自殺をなかったことにすることができますよ。』


『詳しく聞かせてください!』

自分でも驚くほどの大声がでた。

しかしこれは好機である。

この先何年生きれるかは知らないが、今死ぬよりは遥かにマシだ。


『はい、それではこちらの契約書をご確認いただけますか。

契約というのはお客様の寿命を担保とした時間遡行契約になります。

まあ先ほど申しましたように、15年の寿命と引き換えに、

線路へ飛び込む直前に時間を巻き戻すことが可能です。』


死神の言う契約とやらは、何の問題もないように聞こえる。

しかしながら死神との契約だ。油断するわけにはいかない。


『ほかに何かこちらにリスクはあるんでしょうか?』


『いえ、寿命以外でお客様から頂くものはございません。』

『あ、1点ご留意いただきたいのですが、

時間遡行後には私との契約についての記憶は消去させていただきます。』

『お客様を疑っているわけではもちろんございませんが、時間遡行や死神の存在を多くの方に知られてしまいますと現世の秩序にも影響がございますので…』


なるほど、理に適った条項だ。

まあ死神の実在など信じてもらえるとは思えないが、機密保持と考えれば自然な措置だろう。


『わかりました、契約します。』

即決した。

契約内容に問題がないのもあるが、

正直、自分の命を奪わんとしている列車を眼前に見続けるのも心臓に悪い。


『かしこまりました、契約は締結という事で。』

『早速ですが、時間遡行に移らせていただきますが、よろしいですか?』


『あ、あの一個だけ聞きたいんですけど…』

『なんでしょう?』


他愛もない質問だが、死神という存在に一つ聞いてみたかった事があった。

『林檎って好きですか?』


死神は不意を突かれたような顔をして答えた。

『は?特段好きではないですが…』

『あ、そうですか』


しょせん創作は創作か。

『もう大丈夫です。』


『それでは、時間遡行開始しますね。』


死神の声と共に、俺は光に包まれた。


__________

_____________

________________

_____________

__________


『おい篠渕、てめえは本当になんもできねえな。生きてる価値もねえよ。』

会社を出る直前に、上司に言われた言葉が、頭の中に何度も何度も反響している。


自分の中の暗鬱とした感情が、ブクブクと沸騰して怒りに変わっていくのを感じた。


電車が近づいてくるのが見える。

急に自分の中でなにかタガが外れた気がした。


『これもある意味直帰か?』

自嘲的につぶやきながら、俺は跳んだ。

俺でも死ぬぐらいのことならできるのだ。


なぜか既視感のある走馬灯をみた。

しかし自分の生きる理由には気づくことができた。


死にたくない。

心から思った。


しかしもう取り返しはつかない。

俺はこんな時まで選択を間違えるのか。


ゆっくりと、しかし確実に迫ってくる列車の形をした死。

それを直視したくなくて、目を閉じた。


『お忙しいところすいません、ただ今お時間よろしかったでしょうか?』


突然、声が響いた。


驚いて目を開けると、背広を着た男がホームから、名刺を差し出していた。

『私、死神でして。本日寿命に関するご提案をさせていただきたく存じます。』

場にそぐわない笑顔を張り付けている。


事態をのみこめないまま名刺を受け取り、あたりを見回していると

背広の男が『お時間よろしいですか?』と話しかけてきた。


『は、はい…。』

なぜか空中で固まっている俺は、そう答えるほかなかった。


『単刀直入に申しますとですね、お客様のこの先の寿命15年分と引き換えに、この自殺をなかったことにすることができますよ。』


『詳しく聞かせてください!』

自分でも驚くほどの大声がでた。

なにがなんだかわからないが、今死ぬよりは遥かにマシだ。


『はい、それでは契約書を確認してください。

契約というのはお客様の15年の寿命と引き換えに、飛び込む直前に時間を巻き戻す

時間遡行契約になります。

時間遡行後には私との契約についての記憶は、現世の秩序のため消去させていただきます。』


なるほど、理に適った条項だ。

まあ死神の実在など信じてもらえるとは思えないが、機密保持と考えれば自然な措置だろう。


『わかりました、契約します。』

即決した。

契約内容に問題がないのもあるが、

正直、自分の命を奪わんとしている列車を眼前に見続けるのも心臓に悪い。


『かしこまりました、契約は締結という事で。』

『早速ですが、時間遡行に移らせていただきます。』


『あ、あの一個だけ聞きたいんですけど…』

『はい』


他愛もない質問だが、死神という存在に一つ聞いてみたかった事があった。

『林檎って好きですか?』

死神は急に冷たい目をして答えた。

『いえ、特段好きではないです。』

『あ、そうですか』

しょせん創作は創作か。

『もう大丈夫です。』


『それでは、時間遡行開始しますね。』


死神の声と共に、俺は光に包まれた。


__________

_____________

________________

_____________

__________


『おい篠渕、てめえは本当になんもできねえな。生きてる価値もねえよ。』

会社を出る直前に、上司に言われた言葉が、頭の中に何度も反響している。


自分の中の暗鬱とした感情が、ブクブクと沸騰して怒りに変わっていくのを感じた。


電車が近づいてくるのが見える。

急に自分の中でなにかタガが外れた気がした。


『これもある意味直帰か?』

自嘲的につぶやきながら、俺は跳んだ。

俺でも死ぬぐらいのことならできるのだ。


なぜか既視感のある走馬灯をみた。

しかし自分の生きる理由には気づくことができた。


死にたくない。

心から思った。


しかしもう取り返しはつかない。

俺はこんな時まで選択を間違えるのか。


ゆっくりと、しかし確実に迫ってくる列車の形をした死。

それを直視したくなくて、目を閉じた。


『今お時間よろしいですか?』


突然、声が響いた。


驚いて目を開けると、背広を着た男がホームから、俺に話しかけていた。

『私死神なんですけど。お客様のこの先の寿命15年分と引き換えに、この自殺をなかったことにすることができますよ。』


『く、詳しく聞かせてくれ!』

空中で固まっていることも気にならないくらい、死神の言ったことに興味があった。

この先何年生きれるかは知らないが、今死ぬよりは遥かにマシだ。


『契約というのはお客様の15年の寿命と引き換えに、飛び込む直前に時間を巻き戻せます。

また、時間遡行後には私との契約についての記憶は消去させていただきます。

現世の秩序に影響がございますので。』


心なしか雑な説明に感じるが、まあ死神の実在など信じてもらえるとは思えないし、

この先も生きていけるなら構わない。


『わかりました、契約します。』

即決した。

正直、自分の命を奪わんとしている列車を眼前に見続けるのも心臓に悪い。


『かしこまりました、それでは時間遡行に移らせていただきます。』


『あ、あの一個だけ聞きたいんですけど…』

『はい』


他愛もない質問だが、死神という存在に一つ聞いてみたかった事があった。

『林檎って…』

死神は腕時計に目をやりながら、被せ気味に答えた。

『好きじゃないです。』


『あ、そうですか』

まさかこんなしょうもない質問をする人が自分以外にもいたのだろうか。

そんなことを考えていると、死神から通告をうけた。


『それでは、時間遡行開始します。』

死神の無機質な声と共に、俺は光に包まれた。


__________

_____________

________________

_____________

__________


『おい篠渕、てめえは本当になんもできねえな。生きてる価値もねえよ。』

会社を出る直前に、上司に言われた言葉が、頭の中に何度も反響している。


自分の中の暗鬱とした感情が、ブクブクと沸騰して怒りに変わっていくのを感じた。


電車が近づいてくるのが見える。

急に自分の中でなにかタガが外れた気がした。


『これもある意味直帰か?』

自嘲的につぶやきながら、俺は跳んだ。

俺でも死ぬぐらいのことならできるのだ。


なぜか既視感のある走馬灯をみた。

しかし自分の生きる理由には気づくことができた。


死にたくない。

心から思った。


しかしもう取り返しはつかない。

俺はこんな時まで選択を間違えるのか。


ゆっくりと、しかし確実に迫ってくる列車の形をした死。

それを直視したくなくて、目を閉じた。











人々の悲鳴を背に私はホームを後にした。


悲しきかな、死神にも社会があり、ノルマが存在するのだ。

しかし今日は大口の顧客のおかげで、一気にノルマ達成にこぎつけることができた。


『飛び込み営業は最高だ。』

晴れ晴れとした感情が、つい口をついた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

飛び込み営業 505号室 @hryk1224

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ