第16話:さよならの日2

 私とヒナはついに、世界を壊すことに成功した。


 計画のすべての段階で、あらゆることに気を配ってきた。でも保証はできない。私たちは世界を壊し、すべての人類を敵にまわした。もうすぐ、SNSを、猫動画を、ポルノ動画を見られなくなった数十億の人類が発狂し、有史以来最大の怒りが生まれるだろう。犯人は――私たちはあらゆる手段で追われることになる。通常許されない捜査もされるだろう。それから逃げるのは私だけでいい。ヒナのことは何としても守らなければならない。計画を始めた時から決めていたこと。


 クローゼットから、2年間保管していた”楽器ケース”を取り出し、なんとかがんばってヒナタをその中に寝かせる。眠り姫みたい。目覚めてしまうかしら?でも私もお姫様だから大丈夫、と信じてお別れのキスをする。できれば、ずっと一緒にいたかった。いつか、ずっと一緒にいられる時がくるといいなと願う。ほんとうの星空の下で。


 実は、ヒナはそもそもアメリカにはいないことになっている。入国のときもこの”楽器ケース”を使ったからだ。旅行の時は偽造パスポートを使っている。この楽器ケースにはとくべつな機械的構造はない。ただ、税関のX線やミリ波でスキャンされるとその機械のソフトウェアに侵入し、違う像を映すようになっている。なんでそんなことができるのか?その危険物分析システムは私が開発して納入したものだからだ。そしてヒナを送り届けるためのエージェントを呼んだ。


 エージェントの到着を待っている間、パンドラのコンテナの液体酸素製造機を作動させ、レーザートーチで火をつけた。私たちのコンテナだけ吹き飛べばよかったが、思っていたより延焼してしまい、結局コンテナ船のバッテリにまで引火して、なにもかもを燃やし尽くしながら北極海の海底3000メートルへ沈んでいった。少しやりすぎたかもしれないが、証拠は消さなければならない。さようなら、ポチ、4WD、わんわん。今思うと、いい名前だったかもしれない。


 しばらくして、屈強な特殊部隊あがりの男が4人到着した。彼らはガラの悪い傭兵ではない。政府のグレーな仕事を請け負う、半ば公式の準軍事組織だった。今度は私はついていけないから誰かに頼むしかなかったので、可能な限り信頼できる所というとこれくらいしか思いつかなかった。それでも不安だ。


 エントランスにエージェントを招き入れ、依頼の内容を話す。


「把握しているわね?世界が大変なことになってしまった。この"楽器ケース"を日本に届ける必要がある。超音速プライベートジェットをオーランド空港に手配してある」


 いくら黒い世界に慣れているエージェントでも、いまの状況には動揺しているようで、後ろにいる1人はずっとモバイルをいじって情報を収集している。


「あなたたちのモバイルはすべて見させてもらった。実名、家族構成、嗜好、すべて把握している」

「しかし過去の案件についてはわからなかった。だから信用してあなたたちを選んだ。でも通信が切れたくらいで追跡できなくなるなんて勘違いしないで。この宇宙のどこにいても、わたしはあなたのことを把握できる」


 屈強な男の目を見て、言う。


「中を開けたら、死んでもらう。不審な動きをしたら、死んでもらう。おそらく航空機も普通は飛べない状況だろうけど、なんとしても届けてほしい」

「何かあったとき私に連絡するためのアプリは、すでにあなたたちのモバイルにインストールさせてもらった。衛星がすべて破壊されても通信できるようになっている。成功のためなら支援はなんでもする。気軽に言って頂戴」


 後ろにいた1人が自分のモバイルを確認して、私が言ったことがハッタリではないことを理解し、すこし動揺したようだ。


「あなたたちはこの事態を知らず日本に旅行に行こうとし、事態を知って急遽帰ってきたということにしたい。何事もなく終わることが望ましい。事件も事故も起こさず、あなたたちも生きて帰ってきて。すべてが無事完了したら10倍払う。受けてくれるかしら?」


 彼らは黙ってうなずいた。破格の報酬のおかげか、やる気は出たようだ。


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 起きる、というより気絶から覚めるような感覚があり、目をあけると真っ暗だった。クッションのようなもので囲まれていて体が動かせない。少しパニックになる。

 

 ガチャ。という音とともに光が差した。どうやら箱の中に入っていて、それが開いたらしい。少し見覚えがあるのを思い出す。これは2年前に入った”楽器ケース”だ。


 箱から出ると…そこは大学横の私のアパートだった。すべてが2年前のままになっている。混乱する。なんだ、これは。すべて夢だった?いや、ではこの楽器ケースは?ミライは?


 ミライは?


 とっさにモバイルを出すと、ホームにポップアップウィンドウがあった。

 

『ヒナへ

 ごめんなさい。ありがとう。楽しかった。きっとまた会えると思う。愛してる』


 それだけだった。


 回らない頭のまま内容を反芻していると、そのウィンドウが消えた。どうやってももう一度表示させることはできなかった。ミライのセキュリティ対策だろう。


 まだ呆然としていると、外が騒がしいことに気づく。パトカーの赤い光が部屋の中にも照らされている。


 ふらふらとベランダへ出ると、多くの人が外へ出て空を指さしている。その先を見ると、空には無限の流れ星が降っていた。


 ああ。やりとげたのだ。私たちは。


 そして私は一人座り込み。ただ泣いた。


 世界を壊したというのに。

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