第15話:さよならの日1
パンドラの2段は宇宙ホテルに直撃した。相対速度は12.8km/s、時速4.6万kmのストライクだった。宇宙監視レーダの情報を見ると、北極圏上空から南東の方向に真っ赤な太い線が斜めに伸びている。デブリの予測軌道だ。地球をナイフでまっぷたつにして、出血しているように見える。
しかしそれは、思っていたより広範囲に拡散する様子はなかった。デブリがかなり密集している。咄嗟に目標を変更したせいだろう。この軌道だとじゅうぶんな破壊は望めないかもしれない。破壊予想ウィンドウを見る。高度2000km以下の衛星の破壊予想、15.8%。
やれることはやった。打ち上げは成功した。想定外はあったが、命中もした。パンドラは予想以上によく飛んだ。そして失敗した。力が抜ける。”ゼロG”マッサージチェアに座っていても、ガス惑星なみの重力を感じる。失敗した。これだけのことをやってしまった。なんて言おう。ミライに、なんて言えばいいんだろう?喉が渇いて声が出ない。手が震えている。唇も。目が熱い。これだけやって。ほんとうの星空を、見ることはできない?
宇宙局からの速報やニュース速報が膨大に発せられている。「宇宙ホテルで事故」「宇宙ホテルにテロ攻撃のようなもの」「膨大なデブリが発生中」宇宙管制が混乱している。軌道にいる有人ステーションには退避命令が下されたようだ――。
だめだった。失敗した。どうしよう。どうなるんだろう。
涙を拭って監視レーダの情報を見ると、状況が変わっていた。おかしい。デブリの予測軌道が拡散している。太くて濃かった1本の赤い傷は、薄く広がったいくつかの筋のように変化している。更新されるたびに、さらに広がってゆく。つまりデブリが何らかの…軌道を変える運動をしているということだ。何が起きている?
情報収集用ウィンドウにカナダの報道番組が空を映しているのを見つけ、そのストリーミングチャンネルを拡張した。宇宙ホテルの残骸が太陽に反射してきらめいている。そしてそれは、彗星の尾のような”もや”の中で拡散している。
あとからわかったことだが――、それは水だった。
宇宙ホテルは、その中央部に巨大な水タンクと酸素タンクがある。宇宙旅行へ行くほどのカネモチは”再処理された他人由来の水”なんか飲みたがらないから、大量の水が積まれていた。使用された水は水噴射エンジンによってブーストアップするために使われる。つまり宇宙にいながら水を使い捨てにしているわけで、なんと贅沢なことだろう。私から出た水もかつて軌道をあげるための運動エネルギに変換されていたはずだ。ともあれ、改装後のために満載されていた100トンの水と酸素が、デプリと一緒にばらまかれた。
水は真空中では凍結してしまうはずだが、パンドラは相当なエネルギをもって酸素タンクと水タンクに直撃した。おかげでそれらは急速にガス化して拡散し、デブリをさらに拡散させた。このような現象は予測されていなかったから、初期の宇宙局の警報は正確に算出できなかった。改築中のそれはさらに質量が増していて都合がよかった。結局、宇宙ホテルは500トンのデブリと100トンの水蒸気になった。
宇宙ホテルの残骸はすでにいくつかの衛星を襲っていた。カナダの番組も、現地では通信できなくなったのか、映像が途絶えた。
やったのだろうか…?気づくとミライが、影響予測ウィンドウを私のほうに見せる。高度2000km以下の衛星の破壊予想、99.8%。
私たちは世界を壊したらしい。
震える手でVRグラスをはずす。深いため息をつき、またマッサージチェアに体をあずけると、今度は中性子星なみの重力に感じられた。やったのだ。ついに。今の予測では、1週間以内に99%の衛星が破壊され、そのうち90%は10年以内に大気圏に落ちる。
やったのだ。私たちは。ついに、世界を壊した。声がでない。ミライも同じようで、なんとか喋ろうとしている。
「今まで…ありがとう。おつかれさま。ヒナタ…」
ミライは私にキスをした。私はミライを抱きしめようとした
「…あなたはもう、存在してはいけない」
私は意識を失った。
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