第14話:実行の日2

 オンボードカメラで異常なく飛行している景色がみえた。テレメトリでも高度と速度が問題なく上昇していく。ペイロードがないぶん加速は圧倒的だ。強度限界を超えないようにむしろ出力を落としている。


 パンドラが雲を抜ける。同時にアラートが鳴る。


「レーダ照射!」


 ミライが叫ぶ。センシング衛星の反応だろう。早い。ほぼ同時にまたアラートが鳴る。


「レーザ被弾!」


 私たちのロケットは危険物と判断されたようだ。これも早い。レーザはロケットの中央部、つまり1段タンクの上部あたりに照射されている。


「表面温度影響なし、問題ない」安心する。レーザによる温度上昇も誤差の範囲だ。またアラート。


「DAEMON、レールガン射出!射出!」


 想定よりかなり早い。そして弾頭の速度もかなり速かった。軌道計算ウィンドウを見ると直撃コースだ。このままでは着弾してしまう。


 距離1000km。あと30秒。時速12万km。恐ろしいほどの速度だ。太陽系の重力すらふりきれる。機動する?燃料が大量にある。重い。避けられそうにない。考えるヒマはない。私は咄嗟に緊急操作ウィンドウのエンジン停止を叩く。博打だ。パンドラ、加速停止。姿勢はそのまま慣性で飛び続ける。異変を検知したレールガン弾頭が爆散し、散弾になる。軌道予測ウィンドウに危険エリアが表示される。パンドラ、落下。逃げ切れる。3秒。パンドラは危険エリアから出る。


 緊急コマンドウィンドウを呼び出す。始動コマンド入力。自己診断をすべてオーバーライド。即時強制実行。再利用ですらない空中での再始動はやったことはない。アドリブでの制御はミライのAIを信じる。ヒータ起動。タンク内圧上昇。レーザートーチ、点火。エンジン始動。かなりの警告メッセージが出ている。しかし機能に問題はなさそうだ。パンドラはしばらくふらついて姿勢を持ち直す。エネルギを失ったが燃料はまだ余裕だ。再計算。いける。またアラート。


「レールガン、第2射!もう1基のDAEMONからも射撃!」


 軌道予測を見ると、DAEMONの射撃はあまり脅威にならない範囲を狙っている。想定外の動きをしたからだろうか?咄嗟の思いつきでAIに回避運動を指示する。パンドラはランダム運動をはじめる。DAEMONは射撃を続けているが、どれも当たりそうにない。なんて雑な予測射撃だ。ミライのAIが搭載されていればこんなことはなかっただろう。


 勝った?


 と思った瞬間、エンジンが3基停止―すべて停止。2段が分離・点火される。なにが起きた?1段が爆散したようだ。直前に1段下方のひずみゲージが局所的におかしいことになっている。レールガンの破片が当たったらしい。避けたはずでは?破片だろうか?考えているヒマはない。爆発に巻き込まれずに分離できたのはAIのアドリブ判断だろう。親の意思を引き継いで諦めが悪いらしい。いいAIだ。


 2段は正常に動作している。ペイロードがない2段の圧倒的な加速ならレールガンは当たらない。もう安全だ。しかし、軌道予測ウィンドウを見るに、もはや目標に直撃することはできなさそうだった。1段の破壊が早すぎた。


 失敗した?


 パンドラは飛び続けている。私たちがつくったロケットはあきらめていない。私もあきらめてはいけない。考えろ。考えろ。なにかあるはずだ。


 全衛星の軌道予測ウィンドウを開き、パンドラ周辺の軌道をズーム。到達可能範囲をオーバレイする。高効率モードで燃焼すれば届かないか?足りない。停止して軌道を1周してくるのを待つ?だめだ、DAEMONに破壊される。何かないか、何か。考えろ。周辺軌道も見る。極軌道にはほかに小さい衛星しかない。


「…ごめん、ミライ。約束は守れなかった」


 パンドラに燃焼停止命令を与える。


「ちょっと、ヒナ、あきらめないで――」


 90度ターンを指示。地球水平方向に転向し、再始動命令を与える。最大加速。設計限界を超えている。かなりのアラートが出ている。でもこれしかない。


 皮肉なことだろうが、世界を壊すために、世界中の技術力を信じて祈る。自分の強度設計を、ミライのソフトウェアを、パンドラを改良してくれた世界中の人々を、ファブの素材の品質を、モータを作ったメーカを、組立サービスを、炭素原子の結合を、信じて祈る。


 新しい目標が見えてきた。燃料が減るにつれパンドラの加速度はさらに高まる。


 到達可能な範囲にある唯一の大質量の物体。

 それは私たちが泊まった宇宙ホテルだ。

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