第13話:実行の日1
私たちのコンテナが北極圏に到達した。そしてイギリス軍が発注したパンドラも。
パンドラのコンテナの横に、大手ECサイトの塗装がされたコンテナが並んでいる。私たちはこれを”このざまコンテナ”と呼ぶことにした。
コンテナ船の最上段にパンドラとこのざまコンテナが搭載されるように工作するのは地味に大変だった。しかも隣接していなければならない。そして、この工作は誰にも気づかれてはならない。ミライが1週間ほど悩んで転げまわり、いくつかのぬいぐるみが犠牲になったおかげでなんとかなった。
ついに実行するときが来た。ミライがVR空間に管制用のシステムを構築したので、ひさしぶりに2人で同じVR空間にいる。現実空間では2人で並んで”ゼロG”マッサージチェアに座っている。
さて、問題の燃料については…結局盗むことにした。
最初はコンテナの中で、何かを使ってどうにかケロシンを精製できないか考えた。昔の日本軍やドイツ軍は、松根油をジェット燃料にして戦闘機を飛ばしたらしい。とか。ココナツオイルを触媒と反応させるとジェット燃料が得られるらしい。とか。炭素と水素を合成すれば炭化水素が得られる。とか。でも私には化学の知識がないのでまったく見込みはなかった。機械工学の技術者に化学をやらせるな。ミライを見習っていくつかぬいぐるみを破壊した。これはクセになるかもしれない。
結果。燃料をつくることはあきらめた。そして、コンテナ船は無人の電動船だが、緊急発電用のガスタービンが搭載されていることがわかった。コンテナ船の企業は"地球に配慮している"ので、バイオ軽油を使っていることも分かった。これならパンドラの燃料に使える。法令の安全基準で指定されているようで、その容量もパンドラが必要な量より十分に多かった。
このざまコンテナの中には、ECサイトに発注したバッテリ式の自走可能な産業用ロボットアーム、四足歩行ロボット4匹、ポンプ、レーザートーチ、そしてホース、その他偽装用のいらないものが様々入っている。これはイギリスにある南アフリカにあるドイツにある中国にある…とにかく何か国ものペーパーカンパニーを経由したほとんど存在しない企業から発注しているので、足はつかない。
衛星画像を見て、船の上空が雲に覆われていることを確認した。センシング衛星に異変を気づかれることはないだろうと判断して、まず産業用ロボットアームを起動する。それは脆弱性があるモデルで、出荷状態からハックできることを確認済みだ。カメラとライトを起動すると状況が見えるようになった。アクセス元がバレないように通信しているので解像度は低い。
ロボットアームはビニールがかけられているだけだったので、容易に動くようになった。次は犬のような4足歩行ロボットを起動する。ロボットアームでその梱包を開封するのは極めて――イライラする作業だった。1時間ほどかけてなんとか開封し、ロボ犬を起動する。こちらもすぐに遠隔で操作できるようになった。ロボ犬が増えていくにつれて、手伝わせることで開封の儀は早くなった。
4匹のロボ犬が並んだ。思ったよりかわいかったので、ポチ、4WD、わんわん、アルティメットスーパーメカドッグというコードネームを振った。ミライがあまり気に入らなさそうな顔をしていることがVR越しにも伝わってくる。
ロボットアームを使ってこのざまコンテナの扉をわずかにあける。北極らしく吹雪で、海もそこそこ荒れていた。任務のためには2匹で十分だが、何匹か犠牲になることを考えて4匹注文したのだった。
ポチにロープをくわえさせ、アルティメットスーパーメカドッグにもロープをくわえさせて甲板におろした。4WDにコンテナの中からホースの片方を降ろさせる。甲板におりたアルティメットスーパーメカドッグがホースをくわえてのばしていくと…急な高波にさらわれた。アルティメットスーパーメカドッグぅーー!!
彼(彼女?)は犠牲になり、北極の深海数千メートルに沈んでいった。しばらく弔いをしたあと、かわりにわんわんを甲板に降ろした。これ以上の損失は避けたい。今度は気を付けなければならない。
さて、燃料強奪ミッション開始だ。
このミッションは、船の遠隔操作オペレータに異常を検知されてはならない。船内をロボ犬がうろうろしていることも見られてはならないし、燃料が抜き取られていることもバレてはならない。かなりの難易度だ。スパイ映画のBGMが脳内再生される。
ここまではどの監視カメラにも映らないことは確認済なので、わんわんをコンテナ制御用のコンソールに近寄らせ、しっぽの部分にある通信ドングルを差し込ませる。これでわんわんを経由して船内システムに侵入できるようになった。
接続を確立して、まずはミライが船の構造とカメラ設置個所を出してくれた。さてどう侵入すべきか…と思いなら侵入経路を考えていると、ミライが経路のカメラに疑似映像を流すようにし、ドアロックも解除したらしい。もう全部この人だけでいいんじゃないかな。
結局ロボ犬を3匹すべて投入し、ホースをひっぱらせて灯油タンク口に接続することに成功した。もちろん、燃料レベルゲージのデータも偽装されている。ロボットアームにレーザートーチを持たせてコンテナの壁に穴をあけ、ポンプを作動させてパンドラに燃料を充填した。1時間もかからなかった。スパイ映画なみの困難さを予想していたが、スパイ映画なみのハッカーがいたせいでなんの苦労もなく終わってしまった。ホースとロボ犬をかたづけ、液体酸素製造機を製造させる。数時間後には発射準備が整うはずだ。
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数時間後。液体酸素が充填された。外気温も低いおかげで規定量より多めに入れることができた。
ついにやる時が来た。パンドラの自己診断システムは何も問題ないと告げている。目標となる衛星もちょうどよい位置にきている。DAEMONの位置関係もそんなに悪くない。異常があった場合の当日のオペレーションはVR空間上で何回も訓練した。とはいえ、なにかがあってもできることはあまりないだろう。
私はミライの手を握った。震えていると思ったが、震えているのは私だった。私たちは、誰もやったことがない、取り返しのつかないことをしようとしている。決心しようとしていると、ミライが優しく、しかしなだめるように言った。
「ヒナタ。これは私が実行する。あなたはやらなくていい」
「まぁ、そんなことを言うだろうなと思って」
私はVR上に実行ウィンドウを表示させた。それは映画でよく見る核ミサイルの発射システムのようなもので、2つの鍵穴がある。以前はただのボタンだったが、私がこっそり変えておいた。そしてVR空間上のミライに、アンティークな鍵を渡す。儀式的なものだったから、見た目はあまり関係がなかった。
「これは私たち2人の罪。成功しても、失敗しても。誰も傷つかなくても、数十億人が死んでも。私たちが望むものが手に入っても、入らなくても。どんな結末になっても。夏木 陽葵とミライ・エクシオールが2人でやったこと。いい?」
「…ありがとう。ヒナ」
ミライが微笑みかける。私たちはしばらく抱き合い、そしてキーを差し込む。深呼吸し、お互いの顔を見て、うなずく。私たちはキーをひねった。
パンドラが起動し、最終自己診断が実行される。
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コンテナ、OK。
フライトコンピュータ、OK。
センサ、OK。
アクチュエータ、OK。
燃料、OK。
気象、OK。
すべて問題なし。ついに、文字通りパンドラの箱が開かれる。支持アームが持ち上がり、パンドラを起立させる。コンテナ内に設置してあるカメラでその様子を見ることができた。解像度は低いが、それでも誇らしい。胸が熱くなる。
発射シーケンスが実行される。
ヒータ起動。
始動用酸化剤タンク加圧。
燃料タンク加圧。
圧力到達。
バルブ解放。
燃焼室流入。
レーザートーチ点火。
推力正常。
支持アーム解放。
リフトオフ。
閃光も、轟音も、地を揺るがすような振動も。なにもかもが目の前にあるように感じられた。
多くの災厄と、ひとつの希望をもって、私たちのロケットが飛んでゆく。
この世界を壊すために。
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