第12話:変更の日

 宇宙にいたのは2日だけだったが、地球の環境に慣れるのは大変だった。体はだるいしなんだか風邪っぽい。あらためて無重力のふわふわ感を思い出すと、あまりにも非日常でなんだか夢だったようにも思える。私たちは宇宙ホテルで「すべてが終わったら、また来ようね」と約束した。私たちは低軌道のすべてを破壊する。でもまた行けるはずだ。きっと。


 いつもの”ゼロG”マッサージチェアに座ってVR空間へ入る。このマッサージチェアはほんとうの無重力とは程遠いということを知ってしまったが、重力があるからこそ気持ちが良いこともあるのだということも知った。


 宇宙へ行った意味はあった。DAEMONのレールガンを突破する方法を思いついた。ヒントはオーロラだった。


「北極か南極あたりから発射すればいい」


 打ち上げたロケットのログを調べ、DAEMONが搭載されていそうな打ち上げをリストアップした結果、DAEMONの軌道傾斜角はそれほど高くなさそうだった。もちろん、投入後に移動している可能性もあるので、ミライに頼んでアマチュアが公開している地表からの天文画像を解析してもらった。映像の数か所にわずかな”ゆがみ”のようなものが移動している記録を検出でき、その結果、軌道系射角は45度くらいで、予測される基数も256基くらいとあまり事前情報と変わりなかった。予備機があると思えば事前情報は正しいと考えられる。


 軌道傾斜角。これは宇宙を飛ぶものの重要なパラメータだ。赤道の上を飛ぶものが0度になる。だんだん角度をあげていくと、ある時はヨーロッパを、ある時はオーストラリアをといったような、高緯度の場所を飛べるようになる。そして90度になると、北極と南極の上を通る縦の軌道になる。これを極軌道と呼ぶ。


 ほとんどのロケットは、なるべく緯度の低いところ、できれば赤道付近から上げられる。地球の自転エネルギを使うことができるからだ。地球にジャイアントスイングをしてもらって、その勢いで飛んでいける。つまり赤道から打ち上げて軌道傾斜角0度の軌道に投入するのがもっとも楽だ。


 メガコンステのほとんどは"人"や"モノ"に対して通信サービスをするため、高い軌道を飛んでいる基数は少ない。北極や南極にはあまりトラフィックがないから、少ない基数でカバーできる。


 DAEMONでこれらを守ることを考えた時、当然ながら守る衛星がいっぱいあるところにたくさん配備することになる。つまりそこまで高い傾斜角の軌道にはあまり投入しなくてよい。狙われる衛星の数は少ないし、テロリストとしてもわざわざ北極・南極で衛星を破壊する必要性は少ない。極軌道衛星だって1周に2回は赤道の上を通るのだから、その衛星が低緯度のところにきたときに狙えばいい。このあたりを考慮して、最小限の基数で守るために配置されたのだろう。


 とはいえ、軍人さんとしては、北極・南極付近から弾道ミサイルが発射されるかもしれないし、極軌道を飛ぶ衛星が破壊される可能性もあるとも考えているだろう。現に私たちがやろうとしているのだ。だから、北極から打ち上がった物体は「やりづらいが狙うことはできる」と考えておいた。それでも計算上は圧倒的に有利になった。


 新たな目標も見つけた。極軌道を飛ぶEUの気象衛星だ。高度600kmを飛んでいて、質量が100トン以上ある。目標としてはもっと大きいほうがよかったが、極軌道の衛星を破壊すればそれより低い傾斜角の軌道を飛ぶ衛星を巻き込みやすいことがわかった。


 つまり、私たちはまっすぐ上に600km上がる。DAEMONは最も近いところでも1000km先からレールガンを発射する。レールガンが着弾するまでに私たちが着弾できれば、私たちの勝ちだ。


 うまくいけば…。うまくいくだろうか?


 自信がないわけではない。ロケットは動作する可能性が高いし、必ず動作させてみせると思っている。しかし衛星の崩壊については、ここまで複雑な物理現象をしっかりシミュレーションすることはできない。破壊される衛星たちの詳細な設計もわからない。衛星側も回避軌道を行うから軌道も変わるだろう。つまりすべてはかなりおおざっぱな予想でしかない。DAEMONの性能も、あくまでこちらが予想したデータでしかない。


 さらに、計画が変わったことでいろいろと問題も起きた。燃料がないのだ。


 パンドラのコンテナシステムには液体酸素製造機がついているから「ケロシンさえ入れれば発射可能」になる。私たちの場合第2段を直撃させれば目的を達成できるので、ペイロードはなくてもかまわない。しかしケロシンはどうすればいいのだろう?


 もともとは発射状態になったロケットをハックして利用するつもりだった。しかしDAEMONのせいで北極か南極で発射せざるを得なくなった。誰にも気づかれずに実行することを考えると、北極航路を利用する無人コンテナ船に載せて、その輸送中に発射するくらいしか思いつかなかった。というわけで燃料がないのだ。


 ありがたいことに、アメリカ西海岸にパンドラを量産する企業ができた。さらにイギリス軍が大口の発注をしているので、この先2年ほどは数日おきに1基のパンドラがアラスカ・カナダのさらに北を通って輸送される。極軌道衛星は概ね90分おきに上空を通るから、いつでも実行できる。しかし燃料がない。


 燃料。燃料。うーん…。


 船はとっくに電化されているので燃料はないだろう。どうにかしてケロシンが入ったコンテナをパンドラのコンテナの隣に設置できれば、産業用ロボットアームを操作してどうにかできる。しかしケロシンは危険物なので、コンテナ船には搭載できない。国際輸出の検査システムを突破するのは難しそうだった。


 またしても、どうにかしなければならない。


 この世界を壊すために。

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