第10話:宇宙の日1

 パンドラを“設計図共有サイト”に公開してから2か月。世界の反応は過去にないほど大きくなった。集合知はすぐにそれらの改善に取り組み、ロケットの信頼性がさらに上がったし、ロケットに比べれば練りこまれていなかったコンテナ側の改良はすばらしいものばかりだった。自分の設計に改善点があったというのは複雑な気分だが、それでも私はうれしかった。誰が開発したのか?という議論も活発なわりにまったく的外れだったので、安心する材料のひとつになった。ミライの観測でも、こちらを探られている気配すらないらしい。


 私たちはパンドラのいくつかの部品に、あえてマイナーな中小企業の部品を使っていた。性能的にもそれが最適だったので、公開された今もその部品が変更される気配はない。ただ私たちとしては、その企業のセキュリティに穴があったのが決め手だった。ミライはその企業の内部にスパイウェアを潜り込ませ、受注状況を把握できるようにした。これによって、パンドラを実際に作る人が出てきたら、誰が・いつ・どこで作る予定なのかを把握できるようになっている。そして今や発注は1000機を超えたようだった。すでに打ち上げられた機体も10機を超えて、何も問題は起きていない。予想よりはるかに良い結果だ。


 いっぽうで、DAEMONへの対策はまったく進んでいなかった。私はマッサージチェアに座って連日シミュレーションを繰り返していたが、どうやっても迎撃されてしまう。死にゲーのような宇宙戦闘ゲームに思えてきて、だんだん無力感さえ感じ始めた。シミュレーション上で500億回の死を経験したころ、誰かにいきなりVRグラスを取られた。疲れた目にプラチナブロンドの光が刺さる。ミライだった。


 「旅行にいくわよ!」


 気分転換しろということだろう。正直なところ、ありがたかった。「2日くらいしかないけど」と言うので服や生活品を少しだけ旅行かばんに詰めた。


 エアモビリティに乗ると、ミライはケネディ・スペースセンターの民間宇宙港をセットした。どこへいくつもりだろう?と思っていると、5分ほどで民間宇宙港のポートに着陸し、キャノピが開く。


 「というわけで、今回はうちゅーに行きまーす!」


 ウチュー?どこの国の地名だろう?というよりここから行けるのだろうか?ケネディ・スペースセンターに隣接している空港にプライベートジェットでも呼んだのかな?と思いながら、ミライについて民間宇宙港の建物に入っていく。


 飛行機に乗るときと同じように金属探知機を通り、荷物をスキャンする。次に進むと、クリーンルームにあるようなダストクリーナーに風を吹きかけられ、警備員らしき人に靴を脱いでアクセサリーを外すように言われる。なにかがおかしい。


「ねえミライ、どこ行くの?」

「言ったじゃない。宇宙に行くんだってば」

「は?」


 よく見ると目の前にエレベータがある。ガラス張りの天井を見ると、30m級のロケットと搭乗タワーがそびえ立っている。


 「は???」


====================


 これだけロケットが飛ぶ時代になっても、宇宙旅行は高価だ。昔は数百万円でいける弾道飛行もあったが、軌道飛行の値段が下がるにつれ弾道飛行はなくなってしまった。しかしかなり安いものでも1千万円くらいはかかる。老後に1回くらい行ければいいなぁと思っていた。


 待機しているロケットは数人乗りの、よく見る中型ロケットだった。大型ロケットで数十人でまとまって行く安いツアーではない。最高級のプライベート宇宙旅行だ。エレベータに乗ろうとするが、足が震えてうまく歩けない。ミライがうきうきしながら話しかけてくる。


 「宇宙ホテル、改修するというのは知ってるわよね?DCに行ったとき、軍の案件を受注する見返りに、こっそり圧力かけてもらうように頼んで、改修作業前の2日だけ貸し切りにしたのよ!」


 大金持ちに人気の宇宙ホテルが老朽化してきたので、古いモジュールを交換しつつ拡張するというニュースを見たことを思い出す。宇宙ホテルはふつう1週間くらい滞在するもので、2日というと短いが、それにしても数億では足りない。数十億はかかっただろう。


「完成のお祝いなんだから盛大にしようと思ってサプライズよ!私も一度は行ってみたかったし、いろいろうまくいったら、二度と宇宙には行けないかもしれないし」


 いつにも増してテンションがあがっているミライにくらべて、私はもはや錯乱している。サプライズにも限度というものがある。なんとかエレベータに乗り、タワーの最上階につく。通路が横に伸びていて、ロケットの最上部につながっている。さらに震える足でなんとか歩いていくと、カプセル状の6人乗り宇宙船が見えてきた。


 決心がつかずまだ混乱していたら、ミライに押し込まれた。震えながらシートに座ると、ジェットコースターのような固定アームが下りてきた。椅子が後ろに倒れ、背中が地面と水平になる。収納されていたディスプレイが上がってくる。なにもかもにびびる。


 いや…え?私宇宙いっちゃうの?私ロケット作る人でロケット乗る人じゃないんですけど!?と混乱していると、ミライがタッチパネルを操作し、管制に問題なしを伝えている。ちょっとまって。問題しかないんですけど?与圧服とかも着ないの!?


 ポンプが始動したらしき高い音がかすかに聞こえ、わずかな振動が伝わってくる。いやいやいや打ち上げ早くない?宇宙飛行士の伝記とかではもっと――と思っていると、窓の外の見慣れたオーランドの景色がだんだん後ろに流れていき、ついに空しか見えなくなった。いつ離床したのかわからないくらいなめらかだ。想像していたような轟音も振動もない。新幹線に乗っている時と大差ない。


 ははあ、なるほど。私は気づいてしまった。ほんもののロケットに乗っていればこんなはずはない。つまりこれは、遊園地とかに導入される新しいアトラクションに違いない。2段燃焼終了とともにドッキリ大成功☆とか出てくる奴だ。よくできている。


 と思いつつも、無意識の恐怖で手が固定アームを握りしめている。痛い。突如ゴオオオオという音がして、ついに死んだかと思うと、窓の外が白くなっている。ディスプレイを見るとMaxQと書かれた点を通過していた。ロケットに最大の空力的な負荷がかかる点のことだ。窓の外の白いものは超音速の衝撃波だった。


 よくできたアトラクションだなぁ。と思っていると、少し前に押されるような衝撃がし、すぐにもう一度シートに押し付けられた、1段切り離しと2段点火を再現しているのだろう。ふとミライがこちらを心配してくれた


 「だいじょぶ?」

 「よよよよくでででできたアアアアアトラクションだだだね」


 ミライは何を言っているのかわからないという顔をしている。


 永遠のようにも数ミリ秒にも感じられる時間が過ぎ、ディスプレイを見ると240秒しかたっていなかった。2段の燃焼が終わったようだ。はぁ。すごいリアルな体験だった。ドッキリ大成功だ。大成功すぎる…。半端にリアルなぶん、絶叫マシンより怖かった。固定アームのロックが外れたので、それを跳ね上げようとすると、ものすごい違和感を感じた。


 腕の動きがおかしい。動きすぎる。

 私のモバイルが目の前を漂っていく。

 ミライの髪がふわふわしている。よく見ると、私の髪もだ。


 無重力だ。


 ありえない。


 もしかしてここは宇宙?

 私は宇宙に来てしまった?


 この世界を壊すために?

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