第9話:中断の日

 GPSシミュレータのやらかしは人生で最大の失敗だったので、今も深く反省している。GPSだけで自動運転するようなシステムを作った学生のことは地獄の底まで呪ってやりたいが、それでも試験手順はしっかりやらなかった私が悪い。一つ間違えれば人が死ぬこともある。たとえ世界を壊すための開発でもだ。今日も一日ご安全に。ヨシ!


 先生たちは退学届の理由をあの失敗のせいだと勘違いしたらしく、そんなに責任を感じるなとかなり引き留められたが、結果としてはこの目的を隠すことにもなって一石二鳥だったともいえる。


 そんなことを思い出しながら、けっきょくごろごろしているだけで2日経ち、ミライが帰ってきた。めずらしく険しい顔をしている。2日ぶりにご主人様に会えたゴールデンレトリーバーのように駆け寄ってくると思ったのだが。自意識過剰だっただろうか?まあ、飼われているのは私のほうだけど。


 荷解きもそこそこに、ミライが言う。


「いい話と悪い話、どっちから聞きたい?」

「そのセリフ、現実ではじめて聞いた」

「1度言ってみたかったの」


 険しい顔は吹き飛び完全にドヤ顔になっている。ミライのドヤ顔が面白いのでいい話から聞くことにしてみた。


 「じゃあいい話。パンドラは軍でもウワサになってて、数百機単位で製造するそうよ。量産する企業の立ち上げも検討されているみたい」


 誰も私たちが作ったことは知らないのだろうが、それでも悪い気はしない。大量につくられるほど私たちが利用できる可能性も高まる。わざわざ軍のものを使うのは避けたいが。続きを促す


「じゃあ悪い話。国防総省に呼ばれた理由が最悪だった」


 そう言いながらミライがテーブルをタップすると、蜂のシルエットのような真っ黒い画像が表示される。いや、よく見るとそれは3次元形状だった。ARグラスをかけるとやはり立体だった。しかし真っ黒すぎて形状がつかめない。空中に穴が開いているように見える。テーブルに目を戻すと、その物体の名前らしき文字が書いてある。


『DAEMON:Direct attack And Energy attack Merged Orbital defense Node』


 直接攻撃およびエネルギ攻撃を混合した軌道防衛ノード?


 アメリカ人が好きそうなめちゃくちゃな名前だ。しかしこれはなんだろう?


「アメリカ宇宙軍の最新ステルス衛星。低軌道センシングが発達しすぎてステルス戦闘機に光学ステルスも求められるようになったのは知ってるわよね?そのステルス技術が応用されてる」ミライは続ける。「99.999%の光を吸収する塗装の上に、さらに透明な3次元マルチスペクトル素子が貼り付けられてる。完全な光学迷彩ではないけど、反対側の宇宙の映像を表示したり赤外線を放出することで広帯域ステルスを実現する」


 なるほど、真っ黒だったのはそういうことかと理解して、3次元モデルの表面の質感を見やすいものに変えると形状がわかってきた。


 ミライの説明いわく、この安全保障衛星は、低軌道に多数配備されたセンシング衛星によって脅威――ロケットやミサイルを探知し、まずエネルギ兵器(つまりレーザ)によってその脅威の破壊をねらう。しかしレーザというのは万能ではないから、同時にレールガンによって物理的な破壊も狙う。レールガンは火薬の比ではないほど超高速で射出できるので宇宙戦闘に向いている。弾頭は散弾になっていて命中率を高めているようだ。上昇中のロケットなど、かけらの1発あたれば破壊できるだろう。


 改めて3Dモデルを見ると、形状はやはり蜂に近い。顔の大きな目のようなものはおそらくレーザ用の光学レンズだろう。2つついている理由はわからない。長時間照射できないから交互に使うとか、補償光学を用いるとか、波長が違うとかだろうか。蜂の胴体にあたる部分は衛星バスで、その背中には羽根のように太陽光パネルとラジエータらしきものがついている。胴体の前側にはさながら蜂の尾針のようにレールガンが装備されている。反動を受けるために質量中心に装備されているのだろう。ついつい、吸収してしまった太陽光エネルギの排熱はどうしているんだろう?と興味が湧いてしまう。


「これがすでに288基配備されていると言っていた。本当かはわからないけど」


 なるほど、宇宙フォーラムで怪しまれていた謎の打ち上げというのはこれかと納得した。ステルスのおかげでアマチュアの望遠鏡では探知できないから、ロケットからの放出も見えず、打ち上げた質量が消えたように見える。今や高性能な天体望遠鏡は中軌道より上にあるので、低軌道にあるこれを検知することはできない。打ち上げをしているメガランチャーもグルなはずだから、万が一映ったとしても消されてから公開されているのだろう。


 詳しい能力は推測でしかないが、あらゆるロケットは高度100kmを超える前に破壊できそうだ。ミライは私のほうを見つつ、考えをまとめるのを待ってくれている。どうやって突破すればよいかということだろう。多分、この情報を私に話したという事実だけでミライは終身刑になる可能性がある。私のことを信頼してくれている。それに応えなければならない。


「もし私たちが正当な手続きをしてロケットを発射できれば、ブーストフェイズでは脅威として認識できなくなるから、リアクションタイムを大幅に削ることができるかもしれない」


 DAEMONが民間機を誤射してしまったら大変なことになる。打ち上げ申請を参照しているはずだから、民間機のフリをして、直前まで異常な行動をしなければその対応を遅らせることができるだろう。


「ロケットに熱防護タイルを貼れば…と思ったけど、私たちのロケットはそもそもGCFRPでものすごく熱伝導性が高いので、レーザで破壊されることはまずないと思う」


 レーザでモノを破壊するのは意外とむずかしいということは授業で学んだことがある。レーザには貫通力がないので、表面を溶かせても内部まで溶けないからだ。レーザ切断は溶けた部分を吹き飛ばすために音速を超えるガスジェットを併用する必要がある。なのでレーザ兵器のほとんどは、エネルギを叩き込んで温度をあげて破壊するか、大出力のパルスを照射してその熱衝撃で割ることを狙っている。内部に低温の液体が詰まったGCFRPにはあまり効かないだろう。


「なるほど…で、レールガンはどうする?」

「…わからない」


 レールガンはレーザに比べれば遅いから、とにかく対応を遅らせられればよいが、それでも間に合わないかもしれない。無誘導なら発射を見てから避けられるかもしれないけど、誘導弾かもしれない。連射するかもしれない。迎撃する?どうやって?防御する?どうやって?


 ミライが呼ばれた理由は、DAEMONの次期モデル用のAI開発案件の話らしく、今あるこれには手が出せないようだ。機会はあるかもしれないが、犯人として確実にバレてしまう。ソフトウェアになにかを仕組むという手は使えそうにない。


 これをなんとかしなければならない。

 DAEMONの3Dモデルをにらみつつ考える。


 この世界を壊すために。

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