第8話:1人の日2

 人生ではじめて超音速プライベートジェットを手配し、日本へ飛んだ。ダメなコンピュータサイエンティストは論理ばかりで解決しようとするけど、物理で解決するほうが早い問題は物理で殴るほうがスマート。でしょ?


 当時はニューヨークに住んでいたので、ニューヨークからアンカレッジで給油し、ハネダに向かう。フライト中の6時間は結局一睡もできずに情報を検索しまくった。そもそも日本という国のことすらよく知らないので、そこから予習だ。わかったことといえば、日本にもニンジャはあまりいないらしいということと、ベルトコンベア式スシ屋では机についている蛇口で手を洗わなければならないということだけだった。不思議な国だ。内容が内容だけに通訳すら付けられないし、クラウドの機械翻訳も危険だ。何ヶ国語かは喋れるけど、日本語はわからない。即座に習得できる言語でもなさそう。ナツキになんとか英語が通じることを祈る。


 ハネダに降り立ち、タクシーでトーキョーのオダイバなる地に来ると、何もなく日本先進大学へ入ることができた。私の外見がこの地で目立つということは自覚している。でも先進大学には外国人がそれなりにいて目立たないのはよかった。ただ、私にとっては残念ながら、かなり広くて立派なキャンパスだった。フライト中に見た学校の紹介では、あまりにも少子化が進んでしまった日本は、大学院までの授業料をすべて無料にしつつ、優秀な人を集めた大学をつくったらしい。飛び級があり、入学とともに全員が修士扱いとなる。それがここだ。アメリカでは移民扱いのため奨学金が出ず、数十万ドルの学費を払った身としてはうらやましい。ここに通えばナツキとスクールライフを過ごせたかもしれないのに…と思いつつ、とにかく今はこの広さが恨めしい。


 もちろん、私としても無策で来たわけではない。ふふふ。実はナツキ=サンのリアルタイム位置情報がわかる。ナツキのモバイルに侵入したとき、位置情報を転送するように仕込んでおいたからだ。でも肝心の位置情報がおかしくなっているのが問題だった。かつては大学近くのアパートらしき建物にいて、数日前から大学にいた。しかしその時点で大学内をかなりの速度で動き回っていたし、私が大学についてからはついに――ナツキは”飛んで行った”。しかも音速を超えている。いまはマッハ18で太平洋上空の高度400kmに到達している。


 いったいなにが起きているのか?自分のモバイルをロケットに載せて打ち上げた?ナツキは人間ではなくロケット?スーパーマン?魔法少女?やっぱりニンジャ?日本ではアニメは現実なの?


 意味が分からない。どうやって探せばいいのか…。と悩み、とりあえずタッチパネル式のマップをみつけた。幸いにも各国語表示だったので一覧をみてみると、最も南の海に面した所に”先進航空宇宙工学Advanced Aerospace Engineering”という表記があった。筋金入りのロケットオタクならここにいる可能性が高い。こうなっては地道にやるしかない。長期戦の構えだ。見つけるまでずっと日本にいてやる。


 そうと決まればまずはごはんだ。もう10時間くらいなにも食べていない。幸いにも学食は近くにあった。立派なカフェテリアにつくと、サンプルとチケットの販売機がある。日本のごはんはおいしいという情報があったけど、メニューが無数にあるせいで何を頼めばいいのかまったくわからなかった。他の人を観察すると、どうやら先にチケットを買えばいいようだけど、ボタンが何を意味するのかがまったくわからない。展示サンプルをながめると”カレー”は”Curry”を意味することがわかったので、それにすることにした。いちおう“今日のカレー (大)”というボタンをモバイルにかざすと”Today’s Curry (Poo)”と翻訳された。カレー(お排泄物)???日本人は冗談がすぎるか、きっと機械翻訳がおかしいスラングを学習をしたのだろうと信じてそれにする。


 チケットを買ってカウンターに並ぶと、私のトレーに”今日のカレー(大)”が置かれた。極めて山盛りのおいしそうなカレーに夏野菜がのっている。サラダにスープまで置かれた。これで380Yen!?安すぎる…。


 ジャパン、恐ろしいところ…と思いながら、近くの空いてる席に座ると、隣の席で女の子が一人、ナマケモノなみの速度でヌードルをすすっていた。目の焦点があっておらず、その下にはまっ黒いクマがあり、髪もボサボサで死んだような顔をしている。服もヨレヨレ。もちろんノーメイク。年頃の女の子とは思えないひどい状況。わかるわ。それは3徹の顔ね。でも結局はちゃんと寝るのが一番早いのよ。そういうことも大学でしっかり学びなさい。ふふん。などと考えていると、教授と思わしき老齢の男性が2人駆け込んできた


「おい!夏木!お前のGPSシミュレータ、ヤバいことになってるぞ!」

「モビリティ科の自動運転車が壁に突っ込んだって、お前シールドルームちゃんと閉めたか!?」


「ほへぇ?」


 夏木と呼ばれた少女が頭がまわってなさそうな声を出す。


「ほへぇ?」


 つられて私も思わず同じ声がでてしまった。


 教授たちが怪訝な顔をしてこちらを見たが、事態を思い出したのか。「ダメだ!コイツ頭がまわってねえ!ちょっと見てくる!」と叫んで駆け出して行った。


 私は混乱した頭でなんとか声を出す。


「ナ…ナツキ…ナツキ・ヒナタ?」


「…ほへぇ?」


 彼女はゆっくりとこちらを見た。

 間違いない。


 ナツキ・ヒナタ!私の憧れた人は女の子だった!長い黒髪。すべてを見通すような黒い瞳。お人形さんみたい!ちょっと疲れてそうなところも天使!シンデレラ!結婚して!


 私の心臓はいままでの人生でいちばん高鳴っていた。もはやなにも考えられなかった。私は彼女に抱きついた。


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 いきなり見ず知らずの外人の少女に抱き着かれた私はかなり混乱していた。その子はかなり興奮しているようで、何語を喋っているかすらわからなかった。なんで私の名前を知っているんだろう?と不思議に思いつつ「お…おちついて」しか言えなかった。しかし次の言葉によって、私の意識はどんなエナドリを注入された時よりも研ぎ澄まされた。


「xxxxx!セカイ、ホロボシ、タロウ!xxxx!」


 彼女はたしかにそう言った。なぜそれを知っている?


 私は極めて焦り、半ばパニックになりながら、少女の口をふさいで周囲を見回す。誰にも聞かれてなさそうだ。そのまま少女を引きずり回し、やっとのことで学外の近くのアパートにある私の部屋にかけこんだ。頭の回転は異常に速くなり、ああ、うどんの容器下げるのわすれた、とか、GPSシミュレータの電波が漏れていたのはヤバいな、と思いつつも、それすらどうでもよかった。


 部屋に入って少し冷静になると、もしかして少女を誘拐してしまったのだろうか?とさらに焦る。しかも外国人の少女。だめだ。人生終わった。少女を誘拐し淫らな行為を働いた犯人、危険な思想のブログを書き綴っていた――。


 まずい。とてもまずい。どうにか穏便にすませなければならない。そしてどうやら日本語は通じない。宇宙人とのファーストコンタクトなみの難易度があるかもしれない。モバイルで翻訳を…ああ、GPSセンサの試験用に研究室に置いたままだ…。と錯乱していると、意外にも彼女はカタコトの日本語を喋った


「わたしは あいたかった あなたに ずっと」

「わたしは ミライ ミライ・エクシオール」

「わたしは せかいを こわしたいです」


 それから、慣れない英語で彼女と対話し、なぜここに来たのかを理解した。おなかがすいているようだったので、もう一度学食に今日のカレー(大)を食べに行き(その少女は3杯も食べた)そして…アパートに戻って死んだように眠ってしまった。あまり記憶がない。


 変な夢を見たな、と思いながら起きると、夢で見たことがある気がする少女が私の隣で寝ていた。すべては現実だった。改めて彼女と会話し、より多くを理解した。


 そして次の週。私は大学に退学届を出した。


 この世界を壊すために。

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