第7話:1人の日1
エアモビリティを飛ばしながら、ヒナと離れるのはこの2年ではじめて。と思うとちょっと不安になる。帰ったら餓死しているかも。過労死しているかも。いなくなっているかも…。信用してないわけじゃなくて、むしろ地球上の誰よりも信用してる。だから不安になってしまう。なんでだろ?これまでずっと1人で生きてきたのに。
ふと、1人で生きていたころを思い出す。
世界を壊す方法を、ずっと探していた――。
有り余る資産と技術があっても、世界を壊すことはそれなりに難しい。それに、地球を破壊したいとか、人を殺したいわけじゃない。私自身、なにがしたいのかよくわかっていなかった。なにを恨んでいて、なにを救いたいのかわからなかった。
よい世界の壊し方がないか、世界中のあらゆるSNSやウェブサイトを監視する自然言語処理クローラを組んで探索させてみると、ほとんどは陰謀論のような荒唐無稽でまったくリアリティのない情報ばかり集まった。これをスクリーニングするのは精神的にキツかったので、1か月くらいであきらめかけたその時、1つの日本語のブログがヒットした。
『世界ほろぼしたろう』
「セカイ、ホロボシ、タロウ?」
機械翻訳ではその日本語を理解できなかった。人の名前のようで、そうではないらしい。内容を一見すると宇宙工学ブログのように見えたけど、最初の投稿までさかのぼると、ウイルスとか、ハッキングとか、多様なアイデアがあった。また陰謀論かなぁと思い閉じようとしたところ、とにかく世界を壊す方法について、10年間も毎週欠かさず更新されていることに気づいた。極めて異常だが、文章は健全で、理路整然としている。少しの恐怖と大きな興味がわいた。
最初の記事から見返してみると、5年ほど経ったころにロケットを使って世界を壊す方法に注力しはじめたようだ。ロケットの概念設計、軌道力学、影響の分析…。細かくなりすぎていて理解はできなかったけど、わかる範囲で計算したところ、その検討は妥当そうに見えた。
なぜかはわからない。でも私はついに出会うべき人を見つけたと確信した。私がやるべきことも。
とにかくこの情報を私だけのものにしたい衝動に駆られたので、いかにも危険そうなスクリプトを仕込んだ広告がそのブログに表示されるようにターゲティングした。これで検索エンジンは“世界ほろぼしたろう”を危険サイトと判断して、検索結果に出すことはなくなるだろう。ブラウザの警告も出るはず。広告は閲覧者にしか見えないので、著者には気づかれずにアクセスを大幅に減らせる。
それからは毎日ブログをチェックした。週1しか更新されないのは分かっていてもやめられなかった。更新通知なんて無粋なものも使いたくなかった。なんだか恋する乙女みたい。
この人を私のものにするにはどうしたらいいんだろ?毎日そればかり考えていた。毎週のように世界を壊す方法を考えているロケット工学者。怖すぎる。おそらく40-50代くらいの…人生に絶望している技術者のおっさんだろうと想像した。給料を10倍あげる?権力者にしてあげる?何が効果的なんだろう?
過去の記事をみても著者の情報らしきものは一切見つけられなかったので、あきらめて能動的に動くことにした。古いテクニックだ。まず「私も世界を壊す方法を考えました。ご意見をいただけませんか?」というメッセージにあるURLを添えて、著者のみに見える設定でコメント欄に投稿した。驚くべきことに、どうやらこのブログ初のコメントだったらしい。10年やってて?スパムすら裸足で逃げ出すヤバい内容ってこと?とビビっていると、数時間後に著者らしきものがそのURLを踏んだため、IPアドレスを取得することができた。
ありがたいことに、アクセス元はモバイルではなく固定回線からのようだった。そしてその通信キャリアは半固定IPのようだ。つまりこのIPアドレスは変化しない。これでブログの著者を常に追跡することができる…。そう思うと我慢できなくなったので、そのIPに侵入をかけることにした。調べるとそのキャリアが貸し出しているルータはある台湾のあるメーカものということがわかったので、既知の脆弱性を利用した。ファイアウォールも初期設定そのままだったので突破は容易だった。ふふん。ロケットは1流みたいだけど情報リテラシーは3流みたいね?と得意げになってしまう。
まずルータのパケットを監視する。ほとんどの通信は全区間で疑似量子鍵暗号化されていて読むことはできないから、それ以上のことをするには端末自体に侵入するしかない。できないことはないけど、探知される危険性があるのでどうしようかと考えていると、論文や実験データらしきものが暗号化されずに転送されたので取得できた。家にあるコンピュータからストレージにWi-Fi経由でバックアップをしたみたい。几帳面な人なのかな。
その日本語の論文を見てみると、意外なことにブログの著者はどうやら大学生のようだった。
日本先進大学 航空宇宙工学専攻 修士 夏木 陽葵
著者名が書かれていた。名前がわかった!私は大興奮した。ベットの上でとびはね、ぬいぐるみを投げまくった。
その時、もう少し注意深く、ちゃんと機械翻訳してから読めばよかったのかもしれない。当時の私は、日本人のファーストネームとラストネームが逆ということを知らなかったので、”夏木”という文字列を日本語のまましらべて、どうやら男性名らしいと判断した。しかしそれ以上のことはわからなかった。さてどうしようと考えたところ、Wi-Fiに接続されているモバイルにも致命的な脆弱性があるものだったので容易に侵入できた。テンションは頂点に達し、画像フォルダをのぞいてみる。ご尊顔を拝ませて頂きましょう、と思っていたのに、ものの見事にロケットの実験らしき画像しかなかった。
嘘でしょ?セルフィーの1枚もない大学生って地球上に存在するわけ?どれだけヤバい人生送ってるのよ?ロケットと結婚してるのかしら?だんだん不安になってきた。
そうだ!研究室のホームページなら!?と思いついたけど、ナツキの紹介写真は大学内にいるらしき野良猫の画像だった。これだから日本人は!またしてもぬいぐるみを投げまくった。…もしかして情報リテラシーがめちゃくちゃ高いのかしら?
10年間も世界を壊す方法について投稿しつづけている時点で相当ヤバいはずだけど、それでもこんな人間がいることに混乱した。ロケットと結婚している筋金入りのヒョロガリのナードなのかもしれないな、と思い直して、どう勧誘すべきか考えた。最高のロケット開発環境をあげるのが効果的なのかなぁ…?しばらく悩み、転げまわった。
そして、私は日本に行くことを決めた。
この世界を壊すために。
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