第6話:公開の日
けっきょくディズニーの閉館まで遊び通し、くたくたになった私たちは、なんとかエアモビリティから這い出してベッドに直行して爆睡した。私も6歳児だ。
起きてみると、疲れはあるが爽快な気分だった。気分転換というのは大事なんだなぁと実感し、まだ寝ているミライにありがとう、と言う。むにょぁ、という返事があった。
シャワーを浴びて仕事にとりかかる。シミュレーションの結果は1万件で破壊という結果になっていた。極めて少ない。詳しく見ると、2段目の着陸中のあるモードの際に落雷が起きるとコンピュータが破壊されてしまうというもので、絶縁部を修正してからエラーになったシナリオを再実行すると異常はなくなった。ほとんど問題がないことに拍子抜けしてしまう。
ついに私たちのロケットが完成した。私たちのロケットを世界に公開する時が来た。2年の成果だ。感慨に浸りつつも、まだあまり実感がない部分もある。ちょうど起きてきたミライに喜びを伝えると、思っていたのと違う反応が返ってきた。なんだかジト目でこちらをみている。
「聞く前から覚悟してるけど、この子の名前は?」
ミライはロケットの名前のことを危惧しているようだ。世界に公開するからには名前をつけなければならない。そして、私のご主人様は私の命名センスをお気に召していない。私にはあまり自覚はないが。
「そう言われると思って、今回はいくつか候補を考えた。失敗から学ぶのが技術者なので」
「いい心がけね。聞かせてみなさい」
こほん、と声を整え、発表する。
「にゃんにゃ…」
「却下」
「遺憾の意」
「日本語はわからないけどとても不謹慎そうというのはわかる。却下」
「玉手箱」
「…タマテバコ?」
どう説明したものかと思い、浦島太郎を要約する。
「日本の昔話で…ヘヴン状態になった漁師がカメから絶対開けてはいけないお土産をもらうんだけど、我慢できなくなって開けてしまい大変なことになる」
「…日本人って昔から薬物でもやってたの?」
まずい。準備した命名リストが5秒くらいで全滅した。こういうのもシミュレーションできればいいのだが。と思っているとミライがあくびをしながら口にする。
「でも…それはつまりパンドラの箱ということね」
「…パンドラ」
大量の災厄とひとつの希望が入った箱。
ぴったりかもしれない。
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私たちのロケットの名前が決まり、改めて世界に公開する時が来た。その設計・制御ソフトウェア・シミュレーション結果・発注用などなどのデータを、ミライが予めハックしていた数千ノードほどを分散した上に、エジプトにあるスターバックスのWi-Fiから”設計図共有サイト”にアップロードした。経由しているプロバイダはろくにログを取っていないことを確認済みなので、絶対に追跡できないだろう。
パンドラへの反応は――急激だった。しばらくは「こんなものが飛ぶわけが無い」というものだったが、夜になって大手宇宙系ニュースサイトが実際にシミュレーションを回し、結果に差異はなかったという検証記事を公開してから風潮が変わった。「停滞していたロケット工学に革命をもたらす」「次世代のスタンダード」「既存ロケットに災厄をもたらすひとつの希望」などなど。そこまで褒められるとむずむずする。いつしかパンドラは宇宙系ニュースの1面を賑わせていた。公開から数時間しか経っていないパンドラのプロジェクトに、シミュレーション結果や改修の検討など膨大なアクションが行われている。
私は、自分がつくったものを世界に公開することが初めてだった。しかもそれは過去にない新しいもので、その発想が間違っていなかったことがとにかくうれしかった。
ネットの反応について2人で話していると、ミライが申し訳なさそうに言った。
「すぐにパーティをしたいところだけど…。ごめんなさい、こんなに早く修正が終わると思ってなかったから、今日から2日間ワシントンDCに行くことになってるの。2日もこのミライちゃんに会えないのは寂しいと思うけど、いい子でお留守番しててね?」
「うん。寂しいよ…ミライとずっと一緒にいたい。世界が終わるまで」
「えっ…いや…そんないきなり…そう…かな…?えへへ…」
顔を真っ赤にしながらてれてれしている。命名センスをボコボコにされた腹いせだったが、ちょろすぎてお姉ちゃんは不安になってしまいます。
「冗談はおいといて、YouはなにしにDCに?」
冗談と言われたことにわりとショックを受けている。やりすぎたかもしれない。それにしても急な話だった。この2年というもの、ミライと離れたことはなかった。
「うぅ…ちょっと国防総省にアイサツしなきゃいけなくて…」
「…国防総省?」
アメリカ国防総省。いわゆるペンタゴン。ワシントンDCにある。世界最強の軍を統べる世界最強の組織。
「ちょっと気になる依頼がきてる。私が法人を持ってるのは知ってるわよね」
「うん。スペースキャット株式会社ね」
ミライのネーミングセンスもなかなかひどいぞと言いたいが、さらに大変なことになりそうなのでぐっとこらえる。
ミライの膨大な資産は、政府や軍のインフラ情報システム・AI開発というかなりまっとうな仕事の対価で得たものだ。ダークな方法ではない。おそらく。たぶん。
1件あたり数百億円ほどのプロジェクトを一人でやってしまうので、膨大な収益を得られる。軍需産業を支える巨大なコングロマリットにすべてを依頼するより、AIの部分だけをミライに依頼したほうが安く、早く、性能も良い。既成のシステムの能力を向上する案件もあるらしい。
「スペースキャット株式会社は私1人しかいないんだけど、100人くらいの従業員がいるように偽装してあるの。さらに他国の秘密案件が忙しいように偽装をしてたけど、ここ2年くらい米軍の仕事をまったく受注してなかったから、怪しまれたくないというのもある」
「ふむふむ」
「あと、なんだか宇宙系ぽい依頼みたいだから情報収集も兼ねてる」
ということで、パンドラ完成の喜びもつかの間、ミライはDCへ旅立っていった。
この2年間、ミライと離れたことはなかったし、ずっとロケットを開発していた。ふと本当に自由な時間ができると、なにをしたものかと困ってしまう。引退したエンジニアはみんなこういう感覚になるのだろうか?
なにをしようかなと思いつつ、とりあえずご褒美のアイスをたべながら、ベッドでごろごろして宇宙ニュースを漁る。パンドラへの改修リクエストをながめ、ふと違うスレッドを覗くと、例の正体不明の打ち上げの議論がにぎわっている。「CIAは宇宙河童の真実を隠している」?どれどれ…。
旅行に行くのは楽しいが、たまにはこういう休みも必要だ。
この世界を壊すために。
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