第4話:開発の日3
ヒナタからアビオニクス――ロケット制御用のコンピュータとソフトウェア――とAIを準備してほしいという依頼があった。ヒナの技術力は世界一だと思っているけど、ロケットはハードウェアだけでできるものではない。確実なソフトウェアが必要になる。あと通信システムも、情報インフラも。見えないところも重要。そこで私、ミライちゃんのような天才が必要になるわけ。
そんなこんなで、愛するヒナのために日々、地下のさらに床下に潜って光ケーブルをひきまわしたり、壊れたクラスタサーバのノードを交換したりしている。じつは夜中にアラームにたたき起こされて復旧対応してたりするのに、ヒナに「昼まで寝てるとダメな人になっちゃうよ?」と怒られたりするとしょんぼりする。億万長者なのにそんなことするのって?そういう作業は好きだし、物理層を疎かにするなんちゃってIT屋にはなりたくない。たしかにおカネはあるけど、いちおうエンジニアとして生きていきたい。それに、カレーをつくってくれるお返しと思えば大したことでもない。
というわけで、今日はロケットを制御するAIを開発しちゃいます。私はロケットのことはほとんどわからないけど、ヒナからの仕様書はきっちりしているので問題はない。ヒナの仕様書には猫?とか犬?みたいなラクガキで重要なポイントまで強調してくれてるのでわかりやすい。はぁ…。好き。尊い。
とはいえ、実際のロケットの制御ソフトウェアはオープンソースの制御システムがある。ここだけなら、ダウンロードして汎用コンピュータで動作させるだけで終わってしまう。3クリックで終了。わたしの天才さは謙虚さから来ているので、数十年にわたって偉人たちが改良してきたこの部分をいじる気はないし、それを上回れるものを作れるとは思わない。というわけで、今回つくるのは”なにかが起きた時”に対応する部分だ。
ロケットに”なにかが起きた時”、たいていは数秒か数ミリ秒のうちに致命的な結果になる。遠隔で見ている人間が対応しても間に合わない。そこで予めシミュレーション上で”なにかを起こしまくって”、それに対処する方法を学習させたAIを搭載できれば生存性があがる。学習した結果は、”何かが起きる予兆”も学ぶので、予防もできる。作らなければならないのは優秀な子で、優秀な子ができれば勝手に学習して勝手に育つ。つまり…私とヒナの子ができちゃう?考えるだけでテンションあがってくる。やる気が湧いてきた。
こういうAIが搭載されているロケットは、かなり大規模な商業ロケットにしかない。AIの開発費は膨大なので、あきらめて爆発したほうが安いのだ。しかし今回、ロケット工学の天才ヒナタとコンピューティングの天才ミライちゃんの素敵なマリアージュという奇跡が起き、そして私たちのロケットは絶対に失敗してはならないので、予算度外視で開発することになった。依頼されたら数億ドルはとれる案件だ。しかもこれはオープンソースで公開されてしまう。世界にとって革命だろう。
と思ってたら、メガクラウドから障害のアラートが来た。確認するとどうやら分散ストレージシステムの障害らしい。何よ、人が100万年ぶりにやる気だしたって言うのに…。開発は誰にもバレてはいけないのでオンプレでやるけど、多数のライブラリ等は揃える必要がある。コストに糸目をつけず冗長していても、ファイルが置いてあるほうが落ちていてはどうしようもない。だから中央集権的なシステムは嫌いだ。別のメガクラウドに分散されていないか調べる。
――現代の情報インフラの世界では、メガランチャー、メガコンステ、メガクラウドの3要素を持たなければならないと言われていて、この15年でこの3要素をそなえた3つのメガグループに収束した。というより、3つのグループしか生き残れなかった。そのうちハイパーメガランチャーとかになるのかしら?
メガグループのまず一つがアルファ系。正式名称はAlpha-X。かつて検索エンジンをつくっていたクラウド系IT企業と、ロケットおよびコンステレーションを構築していた企業が合体したもの。すべての分野で高い技術があるけど、「つくりました、どうぞ」という感じで営業力に難があることと、巨大化を恐れる各国政府から独占禁止法を理由に散々攻撃されていて伸び悩んできているのが弱み。Xどまりでオメガまでが足りなかったせいかも。
2つめがブルー系。正式名称はない。またはありすぎるともいえる。ECサイト由来のクラウド企業がロケットとコンステレーションを始めたのが由来だけど、カリスマ創業者の死によって会社がひたすらに分裂、消滅の危機にまでなった。でも完全に分離したら生き残れないのは自覚しているようで、関係としてはひとつにまとまっている。そのおかげで独禁法による攻撃をうけづらくなった。価格にも優位性がある。でもサービスは極めて独占的だし、軍事やグレーなことにも積極的だ。あまり近寄りたくない。
3つめがテレコム系。市場のほとんどがアルファとブルーに支配されたあと、世界中の通信会社・重工・電機メーカはやっと自らが死ぬことを自覚し、生き残るためにアライアンスを構築した。当初は烏合の衆と見られてたけど、死にかけると組織は変わるのかな。旧コングロマリットやベンチャーが集約してひとつのロケット開発企業となり大型再利用ロケットを完成させ、衛星通信をやっていた通信会社と電気系メーカが協力してコンステの開発も進んだ。クラウドはかつてOSを開発していたIT企業が合流した。当初は性能が低かったけど、インタフェースと機能さえ互換性があればなんでもよいというテレコム風の思想のおかげで、内部で競争が発生して急速に改善が行われてる。性能や価格はまだ劣るけど、アルファとブルーに比べると極めてオープンで、地上の回線との相性も良いし、各国家の支援もあって急速にシェアを伸ばしている。スマートではないけど泥臭く解決している感じ。
情報インフラが3勢力に支配された世界になって、仮想空間たるネットワークも3分された。つまりインターネットに変わって巨大なイントラネットが3つできた。システムとしてはかつてのインターネットと変わらず、半世紀以上たってもルートサーバはアメリカ、スウェーデン、オランダ、日本にある13クラスタのまま。でもほとんどの通信と情報処理は3つのメガコンステとメガクラウドの中で完結してしまうから、”インター”な通信はせいぜいその3つの間をつなぐ区間しかなくなってしまった。
簡単に言えば、古き良き地元の商店街があったところに、めちゃくちゃデカいアウトレットが3つできてしまったようなもの。買い物も、食事も、趣味も、運動も、すべてメガクラウドというアウトレットの中で完結してしまう。しかもそこへの往復はメガコンステという直通ハイヤーつき。もはや誰も商店街へ行こうとか、商店街に店を出そうとか思うことはなくなる。
そんなこんなしていると、メガクラウドの復旧通知が来た。必要なライブラリのダウンロードを開始する。いっちょやったりますか。
私は今の世界がとても便利だと思う。そして、私は今の世界が嫌いだ。
だからヒナタと一緒にロケットをつくることにした。
この世界を壊すために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます