第3話:開発の日2
ミッション通しでの簡易シミュレーションのデータには目立った異常はなかった。都度部品レベルでのシミュレーションや結合テストはしていたので、この段階であまり異常が出ることはないのだが、それでも最初の谷を越えたことにほっとする。
設計にはそんなに問題ないことが分かったので、次は部品製造・発注の確認を行う。VR空間で設計しただけではモノにはならない?かつてはそういう時代もあったが、現代では最先端分野を除けばそういうことはほとんどない。というよりも、「現実空間で作れるものに制限して設計できるようになった」と言ったほうが正しいだろうか。
2030年ごろの製造革命に先立ち、設計システム、シミュレーション、AI支援、自動工場によるオンデマンド製造の進化によって――作ろうと思えば個人でも軌道飛行ができるロケットを作ることができるようになった。というよりどんなモノでも作れるようになった。自動車でも。飛行機でも。
これは特に、力学、熱流体、電気、化学などを連成したシミュレーションが容易になったことが大きかった。昔は電気は電気、流体は流体など、それぞれ別にシミュレーションをしなければならなかったし、パラメータの設定によりシミュレーション結果がほとんど異なってしまった。つまりシミュレーションをするにも膨大な知識が必要だった。今はコンピュータが進化してあらゆる計算を機械学習モデルが補佐できるようになったのでこれが解決した。
おかげで、コンピューティングリソースさえあれば、誰がやっても、現実とほぼ一致する結果が得られるようになった。最も面倒だった政府や機関への安全性の証明・認証という手順も、その機関が公開しているシミュレーションシナリオを実行することでほとんど完了する。もちろん、そのコンピューティング費用は数百万円くらいかかるが。
まぁ簡単に言えば、こういうウダウダした知識がなくても、VR空間でいろいろやっていれば誰でもモノを設計できるようになったということだ。
もちろん、設計だけでなく製造も進化した。素材レベルの製造は半導体のように、ファブと呼ばれる自動製造工場で即応受注生産が可能になった。これはCADシステムにアドオンを追加することでリアルタイム見積が可能になる。
VR空間で10mm四方のアルミ合金ブロックを作成してみる。コストパネルを呼び出し、あるファブの見積モードにすると、費用80セント、輸送費4.5ドルと出ている。
次にその1辺を9mmにしてみる。費用78セント、輸送費4.5ドルで材料ぶんだけ少し安くなったがほぼ変化はない。これはアルミの棒材をオーダにあわせて切断して出荷されるからだ。
ではその3辺を、11mm ・9mm・ 8mmにしてみるとどうだろう?費用5.2ドル、輸送費4.5ドルと急激に高価になった。これは既成の棒材のサイズがなく、3辺ともに切削加工しなければならなくなったからだ。もちろん、3Dプリント主体のファブにするとまったく違う結果になる。ファブの価格改定ニュースを見逃していることがあるので、たまにこういう作業をすることは大事だ。
ほとんどの強度部品はジェネレーティブデザイン――AIが勝手に最適化してくれた有機的な形状――を使うので、3Dプリンタファブで製造されることになるが、それでも細かい部品の規格を把握し、加工方法を理解し、どのようにすれば最低のコストで目的を達成することができるか?を考える必要があるところは、第一次産業革命から数世紀経った今でもまったく変わっていない。
次にエンジンのジンバル――エンジンの方向を変えるための機構――に使われているサーボモータを確認する。このようなコンポーネントレベルの部品はどうだろう?このような部品メーカもほとんどがCAD用アドオンを提供していて、既製品パーツの一覧を即座に出すことが可能だ。VR空間では地球上で市販されているあらゆる部品を、好き放題使ってなんでも作ることができる。無料で。
そういったコンポーネントはほとんどの部品がカスタム可能になっていて、パラメータをいじるとモデルも変化し、価格がどう変化するかも即座にわかる。ある意味ではメーカから間接的にどこかのファブへ発注しているだけだからだ。内部にどのような素材が使われているかもわかる。やろうと思えば、まったく同じ部品を自らファブに発注して同じ材料を手に入れることができる。しかしそういうものに限って、組立のノウハウがあったりしてまともに動かなかったり、結局高くつく。「やれるもんならやってみろ」というわけだ。
昔は図面しか提供されなかったらしいが、シミュレーションが容易になるにつれ、ブラックボックスがあることが忌避されるようになり、オープン化と技術で他社を圧倒できるメーカが勝利するようになった。もちろん、ほとんどの人はカスタム品など使わず既製品を選ぶので、既製品のラインを持っているほうが絶対的に有利になる。
同じものを設計しても、価格と性能という絶対的な指標を一瞬で比較できるこのシステムは、その技術者の技術力を悲しいまでに可視化する厳しい世界にした。しかしそれでも、製造と設計を分離することができるようになり、誰でも仮想空間で”モノ”を開発できる、という世界は、ハードウェア産業の復活につながった。オープンソースに貢献して報酬をもらったり、有償のモデル販売サイトに投稿して収入を得たり、フリーランスとして活動してメーカに持ち込みで採用されることもある。
しかし皮肉なことに、今やロケットを実際に作ろうとする人はあまりいない。今だ独自のロケットを作るケースは概ね3種類しかない――
1つは一部の高校・大学などで教育の一環として開発されるパターン。私も高校・大学で3基のロケットを作り、現実空間で飛ばした。
2つめは衛星コンステレーションの即応補修用のロケット。なんらかの故障によってメガコンステの1基が欠けたとき、そこの穴を埋めることに用いられる。そんなに数は多くない。
3つめは軍事。特殊なペイロードや特殊な軌道に投入するとき、または即応する必要があるとき。自前のロケットを作る必要がある。
どのような場合でも、オープンソースで公開されているロケットの設計があるので、それをベースにカスタムする。もしそのままでよければ、ダウンロードしてCAD上から発注すればすべての部品が手に入る。制御ソフトウェアもオープンソースのものがある。さらにファブの組立サービスを使えば、誰でも完成した状態のロケットを手に入れることができる。もはやロケットベンチャーなどは存在しない。もちろん、ロケットに用いる部品をファブに発注するには政府の許可がいるが。
昔は趣味でロケットを作る人もたくさんいたらしい。しかし誰でも作れるとはいえ、ロケットが軌道まで上がってしまうということは一度発射すればほぼすべてを失うということで、それなりに裕福な人しか趣味にできなくなってしまった。そして軌道まで上がれるものが作れるのに火薬式の小型ロケットをつくるのは面白くなく、アマチュアロケットも下火になった。
今はそれなりのクラウド費用をだせばVR空間でも極めて正確な物理演算ができるため、趣味人はVR空間でロケットを飛ばしている。誰もロケットを”作らない”のに”図面がたくさんある”というのはそういうことだ。私の設計も、この集合知が集約された設計を各部に活用している。そして、私たちが開発したロケットもオープンソースで公開する予定だ。
そんなことを考えていると部品リストをチェックが終わった。いくつかの部品は違うファブに発注したほうがコストを抑えられそうなことがわかった。相場が変わったのだろうか。性能的には問題なさそうだったので、価格を取得し自動で発注を切り替えるスクリプトを仕込んでおく。
無限の予算があっても、1円たりとも無駄にはできない。
この世界を壊すために。
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