66 鉄とこんにゃく

「ぶつかっても絶対にケガしない車があればいいのに」


 まだ幼かった頃、家族で車に乗っていて事故に遭遇した。逆方向の車線でバイクと車が接触したのだ。どういった具合で接触したのかは分からないが、いきなりバイクの人がぽーんと投げ飛ばされた現場を目にして少なからぬショックを受けた。


「見ちゃだめ!」


 助手席に座っていた母が後ろを向いて私と妹に必死にそう言ったが、どうしても目がそちらに向いてしまうのを止められなかった。


 混乱はこちらの車線にまで影響し、事故現場を少し過ぎたところでうちの車も少しの間停まっていることとなった。

 

「あまり後ろを見ないのよ」


 母が振り返り、後ろの席の私と妹を気にしてそう声をかけてきたが、車の中で前後に分かれて座っているので、そう声をかけるので精一杯だった。そして私と妹はチラチラと通ってきた方向に目を向けることとなった。


 事故現場に救急車やパトカー、作業車などが集まった頃、こちらの車線も動き出し、私達は事故現場を後にした。その時に、まだ小学校2年生だった私の口から出たのがあの言葉だった。


「そうだね、そういう車があればいいね」


 父が運転しながらそう答えて、


「もしも作るなら、頑丈で、少しぐらいぶつかっても傷もつかない、そういう車にしないとむずかしいだろうなあ」


 と付け加えた。


 私はその言葉を聞いてびっくりしてしまった。

 私が「ケガしない」と思ったのははねられた「人」の方だったのだが、父の頭に浮かんだのは「車」の方だった。

 

 なんとなく父が冷たい人のように思えた。だって、さっきの事故、バイクの人がケガしたのに、はねた車の人の方の気持になるなんて。

 そうは思ったが、口には出せずにそのまま黙ってしまった。前の席では父と母がさっきの事故のことについて何か話していたが、私はそのまま知らん顔をして黙ってしまった。


 時は過ぎて大学時代のこと、やはり乗っている車が事故に遭遇した。今度は同じ車線の前の方で、歩行者が車にはねられたようだった。いきなり車が次々と止まり、私の乗っている車の運転手が前の車にぶつからないように急いでブレーキを踏んだ。


「なんだあ、前でなんかあったな」


 前の方でクラクションも鳴らされている。何かあったのは分かるが、何があったかは分からない。


 車に乗っていたのは4人、大学のサークルのメンバーばかり。運転していたのは一番年上の先輩、前の席には1年上の男子学生がもう一人、後ろには私ともう一人同学年の女の子が乗っていた。車数台で連なってサークルの合宿に行く途中だった。うちの車が一番前だったので、他のメンバーの車が事故に巻き込まれたのではないことだけは分かっていた。


「なんか人がはねられたみたい」


 隣に座っていた女の子がスマホをチェックしてSNSで事故の様子を見つけたようだ。


「そうなんだ」

「ケガ、軽かったらいいんだけど」


 前の席で先輩ともう一人がそう答えた。


 人がはねられたと聞き、幼い時に見た事故のことを思い出して、


「ぶつかっても絶対にケガしない車があればいいのに」


 私は思わず同じ言葉を思わず口にしてしまった。


「そうだね、そういう車があればいいね」


 助手席に座っている男子学生がそう答えた。

 

 ああ、あの時と同じだなと私は思った。父と同じ答え。次に来るのはきっと頑丈な車だろう。そう思っていたのに、その男子学生は全く思いもしない言葉を口にした。


「もしも作るなら、こんにゃくででも作ったら大丈夫かな」


 私は思わず目を丸くして驚いた。


「なんだよ、こんにゃくって」

「いや、こんにゃくだったら多少ぶつかってもケガしないでしょ?」

「なんですか、それ」


 私以外の2人が笑いながら男子学生の言葉に反応する。


「いや、でもまじこんにゃく最強なんですよ」


 男子学生が真面目に続ける。


「昔見たアニメなんですけど、そのキャラの一人がすごく強い剣客で、鉄でも切れる剣を武器にしてるんだけど、その剣が唯一切れないもの、それがこんにゃくだったんです」

「なんだよそのアニメー」

「それほんとー?」


 2人が笑い、男子学生もちょっと笑いながら話を続けて。


「いやいや、本当にあったんですって。でも俺も子ども心に嘘だろーって思いましたよ。だって、こんにゃくなんて普通に料理に出てくるし、ちぎって料理するでしょ、あれ」

「手でちぎれるこんにゃくが切れない剣かよ」

「ですよね~、でも、本当にそんな強いこんにゃくがあったら、それで車作ったら、事故で泣く人もいなくなるんじゃないかな」

 

 思わぬこんにゃく話で場が和んだ。そして私はその男子学生と気がつけば恋人になり、夫婦になり、今は2人の子の親となっている。

 彼はやはり優しい人で、家族を乗せて運転する時は慎重に慎重に車を運転する。


「大事なもの乗せてるから」


 その言葉がとてもうれしくてありがたい。


 親になったからこそ、今なら私にも分かる。

 優しい人と一緒だからこそ、今だから分かる。

 

 あの時の父もきっと同じ気持ちだった。大事な家族を守りたいとの想いから、私達を守る頑丈な車が浮かんだんだろう。

 鉄の車もこんにゃくの車も、どちらも優しい気持ちから出たものだった。

 幼い日に父に抱いた小さな違和感は、今はもうない。

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小椋夏己のア・ラ・カルト 小椋夏己 @oguranatuki

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