3.おっさんは幼女の笑顔が見たい(完結)
「お菓子もおもちゃもダメ、ねぇ……」
「絵本もたまには読んでるんだがな……」
「公園に連れて行って遊んであげるとかは?」
「そうだな、やってみるか! ありがとな!」
ルーシーに言われて次の休みに公園に連れて行ってみた。が、他の子どもたちがブルームを怖がって一緒に遊ぶどころではなかった。落ち込む彼をリィナが慰めるという反対の状況になってしまい、ブルームは更に落ち込んだ。
「俺はこの強面を憎む……」
「子どもってわかってないわよね、こういうのがカッコいいのに……」
ルーシーのため息交じりの言葉は、沈んでいる彼の耳には届かなかった。
「あ、あの! 手作りのお菓子とかどうですか!?」
酒場のウェイトレスの少女に声をかけられてブルームは顔をバッと上げた。
「手作りの、お菓子? む、難しいんじゃねぇか?」
「パ、パンケーキとかなら簡単ですよ? 材料に使うお砂糖はちょっとお値段高めですけど、ブラウンさんなら出せるんじゃありませんか?」
買ってきたお菓子ではなく手作りのお菓子。彼は光明が見えた気がした。
「じゃ、じゃあ材料と作り方を詳しく!!」
「は、はははい!」
強面が更に怖くなったが、恋する少女にとって見つめられるのはご褒美のようなもので、何故か酒場の中をしばらくハートマークが飛び回っていた。ブルーム帰宅後ルーシーとウェイトレスの仁義なき戦いが始まったという話だが、それはまた余談である。
「よし!」
小麦粉、食用重曹、砂糖、牛乳、卵、油を用意し、食卓についたリィナに宣言する。
「今からおじさんがおいしいものを作ってやる!」
シロップはすでにベンに作らせて用意してあるが、パンケーキを作るのはブルームである。少女は何事が始まるのかと、大きな目をくりくりとさせてちょこんと椅子に腰かけていた。
ボウルに小麦粉、重曹、砂糖を入れよく混ぜる。更に牛乳を足して混ぜ、卵を入れて混ぜる。それを油を引いたフライパンに投入し……とそこまではよかった。
「あれ?」
投入した量が多かったのかなかなか固まらず、うまくひっくり返せない。もたもたしている間に裏は焦げてしまい、家の中が焦げ臭くなってきた。
最終的に2枚のなんだかよくわからない小麦粉の塊ができた。
ブルームは自分が情けなかった。簡単だと言われたお菓子すらもまともに作れなかった。
「つ、次こそはおいしく作るから、な?」
そう言っておそるおそる皿を差し出すと、リィナはシロップをかけたパンケーキのなれの果てを小さく切り分けて、ぱくりと食べた。
「……甘い」
呟いたリィナの口元が軽く持ち上がる。
笑った。
それはほんの少し口角が上がっただけだが、確かに笑ったはずだ。
そのまま少女は少しずつ少しずつ食べ、半分ほどで手を止めた。さすがにおなかいっぱいになったようである。
「ごちそうさま……おじさん、なんで泣いてるの?」
少女は困ったような顔をしていた。
「え? 俺は、泣いてるのか?」
少女を困らせるのは本意ではなかった。けれど頬を熱いものが後から後から伝い落ちた。
「次は、もっとおいしく作って、ね?」
慰めるような声音にブルームは何度も何度も頷いた。今まで生きてきてこんなにうれしかったことはない。あまりにも嬉しかったから、彼は仲間たちに自慢した。
「リィナが笑った!」
「ええ?」
「見間違えたんじゃないすか?」
「ブルーム、願望というのはだな……」
相変わらずの仲間の反応にも泣けてくる。パンケーキの手作りに挑戦したと言えば、
「嬢は? 大丈夫か?」
「リィナちゃんおなか壊してないっすか!?」
「ああわしが見張ってさえいれば……」
とひどい反応である。
とりあえずまた全員を拳で沈めておいた。
それから三人はどうしても信じられなくて少女に尋ねたらしい。
「……焦げてたけど、おいしかった」
控えめに、照れくさそうに言う少女の口元が少しだけ上がっているのを認め、彼らの間では空前の手作りお菓子ブームが到来した。
ベンはクッキーを焼き、キュールは果物をいろいろな形に切り分け、実は一番器用だったらしいリクはケーキを焼いた。それを少女は頬張る度に口元を笑みの形に上げるものだから、仲間たちもメロメロになってしまった。ブルームも負けじとパンケーキを上手に焼けるようになっていった。
しかしそれも長くは続かなかった。
約一月が過ぎた頃、少女が申し訳なさそうにこう言った。
「あの……もう太るから甘い物はいい……」
世界の崩壊する音が聞こえたかのように、おじさんたちは滂沱の涙を流した。
「なぁ、あのぐらいの女の子が太ることなんて気にすると思うか?」
「そんなこと気にすることねえじゃねえか!」
「ってことは誰かに言われたんですかねぇ?」
「もしかしたらからかわれたのかもしれんなぁ」
「……誰だ……うちの可愛い娘にんなことを言いやがったのはああああああ!!?」
憤るブルームを仲間たちはどうにか抑えたが、彼らも少し腹を立てていた。少女はほっぺは健康そうなぷくぷくだったが、体はまだ太っているというほどにはなっていなかったからである。
むしろもう少し食べた方がいいと思うぐらいだ。
そうして、学校を窺う4人組の怪しいおっさんが、自警団に補導されたのはそれからまもなくのことだった。
おしまい。
ーーーー
幼女に振り回されるおっさんが書きたかっただけです。楽しかったですー。
最後までお読みいただきありがとうございましたー。
レビューコメントもありがとうございます。嬉しいですー
おっさんは笑わせたい 浅葱 @asagi
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