2.おっさんたち、定住する

 さすがに強面のおっさんに少女を預けるのには、院長やシスターもやや難色を示した。

 だがベンの取り成しと、貯金の有無や今後の生活設計などを話したら、だいたい三か月に一度少女を連れて顔を出すならばという条件で引き取ることを了承してもらった。面倒といえば面倒だが元々根無し草である。定住の地が決まったところでフットワークは軽い。

 さすがにその町では過ごしにくいだろうという理由で、少し離れた大きい町に居を構えて住むことにした。幸い仲間たちもそろそろ冒険者稼業を引退しようと思っていたらしく、面白がって両隣や近所に家を構えた。さすがに一緒に住む気にはなれなかったのはお互いさまである。

 少女は相変わらずの無表情で「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。その舌ったらずな声と表情のギャップが哀しくて、ブルームは絶対少女に笑顔を取り戻してやりたいと思った。

 しかし具体的にどうしたら少女の笑顔を取り戻すことができるだろうか。

 まずは仲間たちと一緒においしい料理を食べに行くことにした。気兼ねしない店の中では上等な部類のレストランに連れて行ったが、少女の表情は変わらなかった。むしろ酒に酔った仲間がグラスをいくつも割ってくれたおかげで印象はマイナスといっていい。

 家にずっと居させるというのもよくない。幸いこの町には読み書き算術を教えるような学校を教会が経営しており、ちょうど5歳から通えるようになっていた。


「学校とか、行くか?」


 と躊躇いながらも聞いてみると少女はコクリと頷いた。

 少女の名はリィナと言った。苗字は覚えていないらしい。便宜上彼の姓を名乗ることにし、リィナ・ブラウンという名で学校に入ることにした。

 教会経営ということでお布施はそれなりに納めたがそれはそれ。箱モノ(建物)は国の補助が下りるらしいが実際の運営についてはノータッチである。けれど貧しい者たちにも教育をという理念があるので基本学校に通うことと教科書は無償だった。そこらへんは金を持っている人間が寄付をすることで賄っている。

 問題は弁当だった。ブルームの作る物といったら肉を焼くか卵を焼くぐらいである。あとはパンで済ますのが普通だが育ち盛りの子にそれはまずかろうと仲間からダメ出しされた。

 とりあえず果物を買ってきて少女に渡したら目を見開かれた。


「……これ、食べていいの?」

「ああ。悪いけど俺料理とかろくにできねぇんだ。でも野菜とか果物とかあった方がいいと言われてな……」


 頭をがしがし掻きながら言い訳をしたら、小さい声で「……ありがと」と言われブルームは舞い上がった。

 ベンに聞けば孤児院では果物などは貴重品らしかった。


「甘くてうまいけど腹にはあんまりたまらないでしょう? それより腹を満たすのが大事なんで、いつもキャベツとイモのスープにパンが普通でしたよ。たまーにうっすい肉が入ってたらごちそうでしたね」

「……そっか」


 戦争がないというだけで、貧しいところはいつまでも貧しいのだとブルームも実感した。全ての子どもを助けてやろうなどと大それたことは彼も思っていない。だがせめて自分の顔を怖がらず、側にいてくれるリィナだけは幸せにしてやりたいと思った。


「ありがとう、って言ってもらえたならそれだけでも十分じゃないすか?」


 今夜の飯当番のベンに言われたが彼は首を振った。


「”笑う”って重要なんだ。それだけで気持ちが明るくなったりする。俺はあの子に、世界はそんなに悲しいもんじゃねぇってことを伝えたいんだよ」

「壮大だな。でも俺もそういうのは嫌いじゃねぇぜ」


 先日レストランでグラスを大量に割ってくれた剣士が鼻の下をさすりながら言う。


「つーかてめぇこの間の落とし前はどうつけてくれるんだ!?」

「人んちで乱闘はなーしー。そろそろお姫様呼んできてくださいよ」


 話があるからと、先に出てきた家に戻る。年配のメンバーである回復系の魔法使いが少女に絵本を読んでくれていた。


(ああそうか、読み聞かせとかもしてやった方がいいんだよな……)


 なんだかんだいって面倒見のいいメンバーたちで助かっている。自分だけでは途中でくじけてしまっただろうと思うだけに、彼らの存在もまた貴重だった。


「リク、さっきはその……ありがとな」


 ベンの作った夕食を平らげた後、ブルームはそっと年配の魔術師に礼を言った。


「……なんのことだか」


 と魔術師はおどけた。

 ブルームのパーティーのリーダーはこの50歳になるリクだった。ブルームの武器は巨大なハンマーだが、戦士なのでいろいろな武器を扱うことができるオールマイティな存在だった。酒癖の悪い剣士であるキュールはブルームより少し若いぐらいで、攻撃魔法に特化した魔法使いのベンが一番年若いという中堅どころのパーティーだった。

 回復系の魔法使いであるリクは息が長いが、攻撃魔法は若ければ若いほど威力が強いとされているのでベンもそろそろ引退を考えていたらしかった。だから稼ぐだけ稼いだ今穏やかな生活ができるのをかえって感謝されてしまった。


「この町の魔法学校の講師として雇われることになりまして。これもブルームさんのおかげっす」


 剣士は剣士で剣術学校の講師をすることになったらしい。短気と酒癖が悪いということを除けば悪くはない。

 ブルームはというと、相変わらず何でも屋のようなことをしている。どんな武器でも扱えるが、独学だったので人に教えるということに向いていないのだ。というわけで必然的に肉体労働や薬草採取などの近隣で済ませられる仕事を請け負っていた。

 お土産にお菓子やおもちゃを買って帰宅するのだが、少女は相変わらず無表情で「ありがと」と言うだけだった。


「どうしたもんかな……」


 久しぶりに仕事が早く終ったので酒場に寄ったブルームは、ビールを片手に悩んでいた。リィナの笑顔を取り戻したいと思いながらうまくいかない己に歯噛みする。

 季節は秋になっていた。まだ半年じゃないかと思いながらも焦燥感は募る。その時、


「あら? ブルームじゃない! 久しぶりー!」


 高い声がすぐ近くから聞こえてきて彼はおっくうそうに顔を上げた。

 声をかけてきたのは肉感的な美女だった。彼女は見た目とは裏腹に怪力で、身体一つで敵を倒すモンクという職業である。二、三度パーティーを組んだことがあったが、彼女の他のパーティーメンバーとの折り合いがうまくいかず別れたという経緯があった。


「ああ、ルーシーか」

「ルーシーか、じゃないわよ! 貴方最近幼女を引き取ったって聞いたけど、やっぱりロリコンだったの?」


 無邪気に聞かれ、彼はひっくり返りそうになった。


「んなわけねぇだろ! 俺はあの子の笑顔を取り戻してやりたくてだなぁ……」

「ふうん? なんならこのルーシーさんが相談に乗ってあげよっか?」


 茶化されたことは気に食わないが、藁にも縋る気持ちでブルームは彼女に頭を下げた。

 ルーシーはそれににんまりし、酒場のウェイトレスの少女にふふんと得意げな顔を向けた。ウェイトレスの少女は一瞬くやしそうな顔をする。ブルーム自身が知らないだけでけっこう彼はモテるのだが、鈍感故に気付く気配はまだなさそうだった。

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