後編

「やっぱあの夫婦がヤバいヤツらなだけじゃね?」

「はいはいそんな事言わないの。偶然なかっただけかもしれないでしょ」

「もう1泊かよ……」

「キャンプみたいだねー」

「他人の家でする事じゃねえけどな……」


 すでにかなりゲンナリしている水卜は、心底嫌そうにそう言いつつユウリの胸に顔を埋めた。


 さらに2日経過したが、怪異も団地と団地の間を通過した猫の中級怪異がいた程度で、相変わらず特に何も起きないままだった。


「なあ、やっぱりあいつらが……」

「それはともかく。こう緊急性も何も無いなら部屋にいなくても良い気がするんだけど」

「定点カメラ置く許可もらって、いったん引き上げようぜ」

「賛成。じゃあ訊いてみる」


 特に何も起こらなかった事を説明し、怪異を撮影できるカメラだけを置いて、パトカーに待機して張り込むように変更する許可が下りた。


「あーあ。風呂浸かりてえなあ」

「そうね。スーパー銭湯行く? この近くにあるんだけど」

「いこー」

「お? 良いのかよ」

「どうも音がするのは深夜だけみたいだし、なんかあればカメラに映るでしょ」

「まあ。そうか」


 いい加減、流音もあまりの不毛さに我慢の限界が来ていて、始末書と訓告の煩わしさよりも勝ってしまい、車を10分程走らせれば着くスーパー銭湯へと向かった。





「なんにもこないねー」

「そうねえ……」

「んがっ」

「こいつは呑気のんきなもんね……」


 深夜2時まで張り付いていたが、特に怪しい様子は何も起こらないまま、水卜の睡眠時間だけがただ増加したのみだった。


「あ」

「どうしたの?」

「この前の中級怪異が通ったなーって」

「なあんだ……」


 ぼけーっと空を見ていたユウリが声を上げたので、流音が慌ててスコープで覗くと、浮遊系の猫の様な怪異の核がふわふわと通過している様子が見えた。


「んー、部屋の前避けたねー」

「避けた?」

「うん」


 するとその怪異は、夫婦の住む最上階の部屋の前をかなり大きく迂回して、団地の外にある森へと入っていった。


「ちょっと任意で事情聴取してきてもらえない?」


 近くを通った以上確認するべきだと判断して、手っ取り早く探せるユウリへ頼んだ。


「えー。ひなっちが起きちゃうからいやー」

「そんな事言ってる場合じゃないの! ほらあんたも起きなさいっ」

「――んあ? うっせえぞ流音……。俺には10時間寝る義務がある……」

「8時間でしょそこは! いいから行って!」


 たたき起こされて非常に機嫌が悪い水卜に文句を言われつつも、流音はこれまでの流れを説明してから彼女へも頼んだ。


「ちっ、しゃーねえな。じゃあ認識阻害やってくれよ」

「了解。――したわ」

「ユウリ」

「はーイ」


 認識阻害をかけ終わると、車外に出た水卜は怪異体になったユウリの頭に乗せられたまま上空に移動すると、目を閉じて深呼吸をして中級怪異が入っていった雑木林を見る。


「んー。真ん中ら辺の水場にいるな」

「リョーかーい」


 その中心部には、団地が建っている丘陵の下へと、小川になって流れ出している小さな泉があり、その周辺を怪異の核が徘徊はいかいしていた。


 気配を消してスッと怪異の真上まで来た所で、


「へーい『怪取局カトリ』の水卜だー。そこの猫の怪異ー、職質に協力しろー」


 ショルダーホルスターで吊っている、自動式拳銃型の『ピースメーカー』を抜いて、水卜は気が付いて逃げようとした怪異を呼び止めた。


「なんの用ダ人間」

「おう、えらく機嫌悪そうじゃねえの」


 猫の怪異はひとまず職務質問には応じたが、腕組みをして非常に険しい表情でつっけんどんな応対をした。


「当たり前だロ。こう毎日丑三つ時に磔にされテ、気分が良いヤツは人間でもいないダろが」

「磔? どこにされるんだよ」

「あのヘンな人間の容レ物の、透明なやツに吸い付けられてンだヨ!」


 透明なやつ、と訊いて、水卜は確認のために怪異を件の一室の前へ連れて行った。


「もしかして、ここに吸い寄せられてんのか?」

「そうダ。……なんか今日は吸われなイけど困ってンダヨ」

「なーるほどな」

「一応いっとクが、縄張り変えロ、とかそんなのは無理だゾ。なんで後から来たのに合わせなイといかんノだ」

「言わねえよ。人間側がなんとかすりゃ良いだけの話だ」

「案外柔軟なんダな?」

「別に人間食ったりしてねえなら何もする必要性無えからな」


 話を聞き終わった水卜は、手間取らせて済まねえな、と言って怪異を住み処に帰らせた。


「――てなわけだ」


 車に戻った水卜は助手席を思い切り倒して座りつつ、ユウリが録音していた会話を流音に聞かせた。


「へえ、どういう理由なのかしら」

「さーてな。ま、少なくとも怪異側に責任はなさそうだな」

「あのご夫婦の方が原因で正しかったのね……」

「事件性が無えし、俺たちゃ最初からお役御免だったくせえな」

「そうね……。カメラ取ってくるから待ってて……」

「あいよ……」

「無駄に時間使っちゃったねー」


 連日の張り込みが無駄だった事が分かり、ユウリの一言に、水卜と流音はゲンナリした様子で頷いてため息を吐いた。



                    *



 『怪取局』怪異犯罪捜査課から怪奇現象調査課に案件が送られ、数日間の怪現課による調査の結果が返ってきた。


「ふーん、あの2人に辻褄つじつまの方が合わせちまったと」

「なるほどねえ」


 それを書面で読んだ水卜と流音は、そのなんとも言えない真相に首を捻った。


 内容は、無自覚に高い霊力を持っていた夫婦が、怪異による騒音トラブルの被害に遭っている、という被害妄想を膨らませたせいで、偶然近くに通りかかった猫の怪異が帳尻合わせのために吸い寄せられトラブルの原因にされていた、ということだった。


「で、どういう対策とったわけ?」

魔除まよけだっつって、霊力を適度に吸い取るお札を貼ったんだと」

「まあそれしかないわね。本当の事言うと何を騒ぎ出すが分からないし」

「事件性なくて良かったなマジで」

「そうね。関わり合えば合うほど面倒になってただろうし」


 2人はサボったのがバレた事への始末書を書きながら、面倒事の押しつけに成功した事に安堵あんどを覚えていた。

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集合住宅団地怪音事件 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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