屍雪
シロガネマヨイ
第1話
気付くと雪が降っていた。窓の外は大層暗く、居室のごく近くで降っているものの他にはどうにも判別がつかないが、それがちらちらと舞っているのは分かる。
雪が降ることに興奮を覚えていたのは、ごくごく幼い頃までであった。それがあちらこちらに暮らす微生物達の屍であったと分かると、自身のある種ロマンチシズムじみた憧憬が、引潮の如く無くなっていったことをぼんやりと覚えている。
私にとって、世界の全ては水底であった。この世に生を受けてからこの方、地上という場所にはとんと縁が無かった。かつて人々は其処に暮らしていた、という凡そ御伽噺でも聞かされるような調子で、大人達が語っているのを耳にしたのみである。
地上には本当の雪というものが降っていた、いや、今も降っているのかもしれない。だが、私に確かめる術は無く、人類の追憶の奥底に仕舞われた、雪という概念の皮を被った抜け殻達をぼうと眺めるだけだ。
そんなことを思慮していた私の頭を目覚めさせるように、コロニーの中にブザーの音が鳴り響いた。排出口が開くことを知らせる合図である。この時間に鳴るということは、どこか近くの区画で葬儀があったのだろうと考えを巡らせた。雪が降る夜には、遺灰を海中へ撒くということがままある。海の底にも、墓地はある。しかし、遺灰は海に撒いてくれ、といった望みを持つ者は少なくなかった。せめて死後くらいは、閉塞感が詰め込まれたような安全地帯を抜け出し、世界を自由に闊歩したいという思いがあるのだろうか。
ブザーが鳴り止んだ後、音が薄く反響し、周囲に溶け込んでいく。徐々に静謐を取り戻していく時間は、死者への弔いを促す余韻にも思えた。もう一度、窓外に目を遣る。排出口の稼働によって辺りの水流が一時乱れたためか、雪が、一際激しく舞っていた。
屍雪 シロガネマヨイ @shirogane_mayoi
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