VRスラム

「カブキシティとはまた違う治安の悪さあるよね」

「そうね。カブキシティも大概だけど」


 私(メガネの姿)とマッキー(捨てアカの姿)は夢の島スラムの入り口で足が竦んでいた。

 肉体は私のマンションにあるし、コントローラーでアバターを動かすだけだ。

 何があっても自分に被害が及ぶことはない。

 それでも本能が先に進むのを拒んでいる。


「ホラーゲームやってる時の感覚に似てる」

「TJ、ホラーゲームとかやるんだ?」

「好きってわけでもないけど、やったことはあるよ」


 零とかバイオハザードとか。

 あの角を曲がったら何が出てくるかわからない不安のようなものがまとわりついてくる。

 VR空間だとサブアカだとしても自分の分身だ。

 恐怖がゲームの比ではない。


「まぁ、でもTJならやってそうな感じはある」

「そう?」

「意外性はないね」

「ホラー小説も書いてたことあるからね」

「へー、どんなの?」

「実話怪談追いかける変わり者大学生の恋愛モノ」

「面白そう。それ読んでいい?」

「投稿サイト載せてるから読んでいいよ。ペンネーム変えてるけど。URL送っとく」


 https://kakuyomu.jp/works/16816700429295835722


 ――さて、現実逃避はこのくらいにして。


「いつまでもこうして立ち話してるわけにもいかないし……そろそろ行こうか」

「そうだね」


 私たちはおっかなびっくり足を踏み入れる。

 といっても正確に【ココから夢の島スラムですよ】という看板が立っているわけではない。

 【グリモワール】の区画上はベイエリアの一画でしかない。ベイエリアからはいくつか橋のような道で繋がった島のようなエリアが幾つか点在しており、その中の治安の悪い幾つかをまとめてそう呼んでいるだけのことだ。


 入口から先はいきなり露天商がずらっと並んでいる。

 ただ、お祭りの縁日のような雰囲気とは違い、やはり荒廃した雰囲気は漂っている。闇市という表現が近いかもしれない。

 VR上のものなので汚れているとかいうわけではないが、もっとも安い店舗の構成要素(テントのみ)で作られた店が並んでいると異様な感じがする。

 店の外観は関係ないということなのだろう。


「何売ってるのかなぁ?」


 マッキーが尋ねてくる。


「普通にアバター用のアクセサリーとかってわけじゃなさそうだよね」

「見てみる?」

「うーん、でもぴーちゃんの情報訊くためにどこかでは買い物とかしなきゃダメかもね」

「そうだね、歩いてる人には話聞きにくいもんね」


 このあたりを歩いているアバターはかなり怪しげだ。

 女性型は単純に露出がすごい。

 ほぼ下着のような恰好の人もいる。

 カブキシティでも露出度高めのアバターは多いが、オシャレでもある。ただ、ここで見るアバターは明らかに煽情的で「カタギ」ではなさそうに見える。

 男性型は無料の汎用タイプがやたらと多い。みんな同じ顔だ。それが逆に不気味さを増している。


「とりあえず、適当な店で何売ってるのか見てみようか」

「そうだね」


 私たちは右手の露店の一つを覗く。


【合法VRドラッグ】【合法VR動画】【合法改造VR機器】


「めっちゃ合法アピールしてるじゃん」

「怪しい……」


 ――めっちゃ怪しい。


「ドラッグに合法とかあるの?」マッキーが言う。

「違法ではない、っていうニュアンスだよね。つまり法の目を掻い潜っているのでギリセーフみたいなことでしょ」


 私たちがひそひそ言っていると店主が声をかけてきた。

 店主は汎用アバターではなく髭の親父だった。ザ・熊って感じだ。


「ちゃんと合法だって。いや、怪しいのは認めるけどさ」

「ひっ」

「怖がりすぎだろ……まぁ、いいや、買い物客?」

「まぁ、買ってもいいんですけど、人探しで来てまして――」

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