第7話 鬼の形相
「ねぇ、あんたって今日、オリエンテーション合宿の準備のために来たのよね?」
「まぁ、そんなところだ。こうして双葉ちゃんが付いてきたのも河合がいるのも想定外だがな」
「あんた・・・・・・・・・しつこいわね。これだからぼっちは」
「これだから何だよ?言ってみろよ、あぁん?」
「やめなさい。惨めなだけよ。・・・・・・・・ほらハンカチ」
「あぁ。ありがとう」
僕は突き付けられた現実にぽろりと零した涙を拭きとった。
双葉ちゃんがどうちたの?と声をかけてきたが、これは高レアリティ素材の魔王の雫だよと言ったら喜んでくれたのでそのままにしておく。
今、僕たちは目の前にそびえるショッピングモールの中へ入ろうとしていた。
本来は1人で来るはずであったところに、意図せずパーティーメンバーが集まり、僕はもう捨て鉢の気分で歩いている。
あぁ最近本当にうまくいかないなぁ。
そんな僕の悩みはショッピングセンターの自動ドアのように快活に開かれるわけでもなく、コールタールのように僕の心をどんよりと上塗りしていくだけだった。
「それで、あんたは今日何を買いに来たの?」
面倒そうな表情を隠すことなく浮かべながら、僕に行き先を聞いてくる河合さん、もとい僕の下僕。
一言もついて来いと言った覚えはないし、無言の圧をかけた覚えもない。
・・・・だからと言って今更どうしてついてくるんだ?なんて聞けばどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。
だから僕は現状を受け入れることにした。
幸い、河合も本来は1人で回るつもりだったと見受けられる。
後は、僕たちの姿を誰にも見られないことを祈るしかない。
「ちょっと聞いてんの?」
「あぁすまない。聞いてなかった」
「あんた1人に慣れすぎて耳が腐ってんじゃない?良い美容外科教えてあげようか?」
「整形する必要はないだろ!紹介するなら精神科にしてくれ」
「・・・・自虐ネタにしてはあまりにリアルで笑えないわ」
「・・・・お前厳しいな」
閑話休題。
僕たちはまず雑貨屋に入った。
僕としては用のない店だったのだが、河合の目的の店だったみたいだ。
まぁ・・・・双葉ちゃんもはしゃいでいるしいいか。
そこには僕たち以外の高校生も多く、印象としては若者が多い。
色とりどりの雑貨が並び、どの商品も1度はテレビなんかで見たことがある物ばかりだった。
流行のものを取り揃えているこの店に来れば、とりあえずお目当てのものがあると豪語できるほどに品ぞろえは素晴らしい。
「それじゃあ私、色々見て回るから」
「じゃあ俺は双葉ちゃんとその辺を」
「だめ!」
僕の言葉を途中で遮った言葉は強い否定だった。
その声は喧騒にまみれる店内に響くほどに大きな声だった。
「えっ?で、でも色々見て回るからあんたたちは邪魔なのよってことじゃないのか?」
「違うわよ!色々見て回るからあんた達もついてきなさいって意味よ」
「分かりにくいよ!」
「あんたが勝手に間違った解釈したんじゃない」
「お前の伝え方が悪いんだろ」
はぁ?と僕たちは広い店内の中心に近い場所でにらみ合っていた。
周りの目より、こいつの目を離せば負けてしまうという謎の負けず嫌いを優先していることには気づかないほどに。
そんな僕たちの均衡を破ったのは可愛い笑い声だった。
「ふふふっ。おにいちゃんたちなかよしだね」
「「どこがっ!」」
「ふふふー」
「これはどう?」
「いいんじゃないか」
「これは?」
「いいんじゃないか」
「これもいいわね」
「いいんじゃないか」
時間がループしているのかと錯覚するほどに同じような問いをさばききり、ようやく雑貨屋を後にする。
なんだかんだ言いつつ僕も少しおしゃれな携帯歯ブラシのセットと小分けされたシャンプーやリンス、ボディーソープなんかを色々買ってしまった。
双葉ちゃんはぬいぐるみのような筆箱を買っていた・・・・というよりおねだりされて僕が買い与えてしまった。
やれやれ、可愛いは罪だね。
買い物を終えた河合の両手には雑貨屋の袋が握られ、少し歩きづらそうだった。
双葉ちゃんの手にも紙袋が下げられている。
5歳の子供に荷物を持たせて歩くのはいささか不安であり、心配である。
「双葉ちゃん、歩きにくいでしょ。それ貸して」
「うん!おにいちゃんありがと!」
僕は双葉ちゃんの荷物を受け取る。
なんて素直で可愛んだろう。
「・・・・おい、お前のも少し持ってやるよ」
「は、はぁ?意味わかんないんですけど」
「とろとろ歩かれちゃ困るんだよ。半分預けて機動力を上げろってことだよ」
僕はまだ余裕があるんだからと河合の荷物を強奪となんら変わらない形で無理やり奪い取る。
「ちょっ!・・・・は、はぁ?!ほんと意味わかんない!むかつくぅぅぅぅ」
「おにいちゃん!」
唐突に僕の隣から可愛い怒り声が聞こえる。
僕はその声のする方へ向くと、そこには頬を膨らませた双葉ちゃんがいた。
「どうしたんだ?」
「はずかしいからってそんないいかたよくないとおもうの。やってることはいいことなんだからもっとやさしいいいかたするべきだよ」
「す、すいません」
「それにおねえちゃん!」
「はい」
「おねえちゃんもおにいちゃんがにもつをもってくれたんだからありがとうでしょ」
「で、でも・・・・頼んでないもん」
「なぁに?」
「な、なんでもないです」
「じゃあありがとうって」
河合は双葉ちゃんの𠮟責にたじろぎ、あまつさえ10歳以上離れた彼女に敬語を使うという始末。
さらにはこれから僕に対してありがとうを言うという・・・・・かっかっかぁ!
「・・・・あ、ありが・・・とう」
屈辱にまみれた河合の口からありがとうが漏れる。
気持ちいい。心底気持ちいい。
だがまだだ。まだぬるい。僕の中の魔王がもっといけると告げている。
「うぅぅぅぅぅん?なぁぁぁんてぇぇぇ?聞こえなぁぁぁぁぁいなぁぁぁ?」
「は、はぁ?ふざけんじゃないわよ!聞こえたでしょ!」
「いいや聞こえない。周りが騒がしくて全然聞こえなかった。もう1回だな」
「くっぅぅぅぅ・・・・・あ」「おにいちゃん!」
「ひ、ひゃい!」
「おにいちゃんも謝らないといけないでしょ」
「なにをさ?」
「ね?わかってるよね?」
双葉ちゃんの瞳から光が消える。
笑顔なのに!笑顔なのに何故か怖い!
これが圧力ってやつなのか。
「ご、ごめんなさい」
「えっ?何か言ったかしらぁぁぁぁ?」
「このあまぁぁぁぁぁぁぁ!」
「はい、これでよし」
「おにいちゃん・・・・おなかすいたぁ」
「もうそんな時間か」
僕は腕時計を確認する。
時刻は12時を回っていた。
双葉ちゃんがお腹をすかせるのも無理はない。
むしろよく我慢したものだ。
普段は11時にはご飯を食べているらしいし。
「おい、河合」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・河合?」
「へっ!な、なによ」
「悪いけど僕たちこれからご飯に行こうと思ってるんだけど」
「あ、あーそう。そうね。その方がいいわ。双葉ちゃんもお腹がすいてくるころだろうしね」
「そうなんだ。悪いな」
「別に構わないわ。私もお腹がすいてきたし」
・・・・どこまでついてくるんだろう。
やんわりとここでおさらばする雰囲気に持ち込んだつもりだったんだけど。
・・・・まぁ別にいいか。
「それじゃあ、あそこのフードコートね。おいしいラーメンがあるの。行くわよ双葉ちゃん!」
「うん!」
身軽な2人が仲良く手を繋いでフードコートへと向かう。
僕は1人とぼとぼと同じ方向へ向かった。
どうやらとろとろついて行くことになったのは僕みたいだ。
ふーんだ、いいもん別にぃ。
僕はただ大人びているだけ 枯れ尾花 @hitomu
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